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:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: 〜〜〜いまさらながらパラレル設定〜〜〜 ムウ様:学生&文化財修復研究所非常勤務 シャカ:インドの留学生、サガ:外資系貿易会社勤務 シオン:ムウ様の妖父、日本のようなところに住んでます。 :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: サガの日記 3月3日 ムウと連絡がつかなくなってはや10日が経つ。 今日は仕事帰りに彼の大学付属の研究所に寄り 正門が閉まるまで待っていたが、一向に出てくる気配がない。 大学も休んでいるらしいというのはどうやら本当のようだ。 暦の上でこそ春期休業中ではあるが、新年度に向けていろいろと せわしないはずの時期である。早かれ遅かれ、いずれは現れよう。 それまで仁王立ちして待ち続けたい気持ちを堪え、 私はひとまず空腹を満たすべく商店街をふらりと入った。 休み中だからか、夜遅いからか、すでに軒を連ねる店のほとんどが 閉まっていて、細い通りは暗かった。 その一隅にネパール・チベット・インド料理と掲げた店が目に入る。 たしかムウの血筋はそのあたりだったな、などと考えながら看板を見ると 学生街にしては珍しくディナーコースなどがある。 入ってみると隅には学生と思しき少年たちが数人たむろし、 そしてほぼ同数の料理人とウエイターがいた。 テーブルにナイフとフォークを確認すると私は席に座った。 椅子は少々窮屈だが許容範囲ではある。 モヒカンの店員がメニューを運んでくる。 私にはよくあることだが、英語のメニューを渡された。 日本語で尋ねてもインドなまりのきつい英語で答えてくる。 指差す先には☆のマークがついている。ミシェランと同じであろう。 ☆印が一番多いカレーセットを頼むことにした。 私はチキンカレーにすべきか、野菜カレーにすべきかとしばし悩んだ。 …蛋白質を取りたいところだが、胃のためには夜は野菜にしておくべきか… などと考えているとさっさと両方出てきた。 ナンにすべきか、ライスにすべきかでも悩んでいたが、これも両方出てきた。 まるで私の思惑を読んででもいるかのようだったが、 だがサービスが良いわけではないことは明らかだ。 出来たてのナンは巨大で最初は美味だったが次第に独特の油が胃にもたれてきた。 あまりこの地方の料理には詳しくないのだが、六本木で食したインド料理と いったいどう違うのかが良く分からない。チベットはどこだ。 …ムウはこのような料理を常に食しているのだろうか。 彼とはまだ数えるほどしか食事を共にしていないが、 一人で食べる食事はこんなに味気ないものだったか…。 感傷に浸る間もなく涙がとめどなく流れ出る。 それはしかし生理的な涙であった。 カレーが、何かに挑んでいるのかと思うほど激しく辛いのである。 アジア料理に見られるようなほの甘さや奥深さも無いわけではないが 自棄になって香辛料を増加したような品のない暴力的な辛さだった。 こんなときに水を飲むのはさらに胃を刺激するだけと分かっていたが、 飲まずにはいられない。 店の奥の古いテレビからはインド映画の映像が流れていた。 男女が踊るシーンがまるで根競べのように延々繰り広げられている。 モヒカンの店員はこちらを見ながら黙ってテレビの音量を上げた。 私は半ば意地になってカレーを完食してしまったが、寒いさなかに汗をかいて しまった。とにかく早く帰って早く風呂に入りたい。 勘定をすませ店を出、信号待ちをしていると商店街のチラシが目に入る。 丸い眉化粧の人形が一対筆描きされている。 …今日は桃の節句であったか。 ムウの少女のような面差しが脳裏に甦り、締め付けられるように胃が痛んだ。 カレーが踊る。 あの店にはエスプレッソがなく薄いコーヒーだったため 余計に胃がもたれてならない。 ムウに最後に会ったとき、なぜこうまで惚れているのか合点がゆかなくて 「かつてどこかで恋人同士だったのかもしれない」 などど気障なことを口にしたが、ムウはそれには答えず静かに微笑んだ。 …花のように可憐だった。 幸福な記憶に縋るようにしてなんとか車にたどり着いた。 服に香辛料の匂いが染み付いているようで直ちにジャケットを脱ぐ。 無意識のうちにそれを助手席に置くのを止めた私は、 自分がどうやら引き返せぬところまで来ていると悟った。 :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: |
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:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: シャカの日記 如月末日 夜。今この国の古都にいる。 正確には都の外れの鄙びた宿屋の一室にいる。 古い暖房管が時折金属音を鳴らす部屋は 隅に寝具が一つだけ置かれ、壁紙の色は落ち 病室のように陰気である。 椅子にもたれて、ムウが片膝を抱えたまま眠っていた。 小さな机に片足を預け、器用にバランスを取っている。 「今日は朝から歩き通したから疲れた」 それが彼の謂いだったが実際は違う。 少し前から彼はどこかしら心晴れなかった。 常に何かに追いたてられ、ついに逃れられぬと知って 自らの手で退路を断ってしまったような危うさがあった。 異変は年明けに突然訪れた。 おそらくは極めて近しい別の世界の悪い澱みが 夢とも現とも知れぬうちにムウの白い体を染めたのだ。 許し難いことである。 だが私には其処から彼を救い出す術をついに知りえず、 ただ仏の慈悲と智恵を乞うためにこの地に来た。 「少し休む」と言ったまま、ムウは一向に起きる気配がない。 手を指し伸ばし抱き寄せても目を覚まさず 敷布の上に運んでもまだ丸くなったままであった。 肌は早春を彩る白梅よりもなお白く その香よりほのかに甘く匂いたつ。 何の思いも抱かずに君を見ていた頃が懐かしい。 しかし君を見ていると無性に… 腹が空くのはなぜだろう。 臓腑がくるくると鳴って夜食の白玉抹茶クリームぜんざいが通る。 かくの如く我々は消化するとは何事かを識らずに消化をし、 生きるとは何事かを識らずに生き、 愛するとは何事かを識らずに愛するのだろう。 煩悩具足、惑いから救われるにはかの道に分け入るしかあるまいか。 だがそれを君が望まぬとあらばどうしたらよい。 明日、御仏に君を会わせ、直截に尋ねてみようと思う。 窓枠から忍び込む風はまだ冷たい。 夜明けは遠く、春はさらに先のようだった。 :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: |
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:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: ムウの日記 3月某日 ようやく報告書を出した。 事務手続きに大学に行かねばならないギリギリの日まで粘ってしまった。 報酬はない。愛国心の名の下の、完全なボランティアである。 年明けて直ぐ、各種締切と修復実習を抱えている自分に突如として話は降ってきた。 某国大使の意向で、とある文化財保存の実地データが欲しいという。 すでに国からは省庁を通して正式な書類が提出されていた。 だが大使曰く数点に渡り「個人的に」気になる点があり、改めたいとのこと。 極秘の案件、平たく言えばスパイ行為だ。 どう考えても一介の学生の手に余る仕事である。 本来なら専属の調査員が奔走するところ、その大使の父とシオンとが昵懇の間柄だったため 私のところに話が舞い込んだのだ。 「看過しては、結果的にわが国にとって不名誉な事態になる」と頼みこまれては 養父の手前、断ることなどできなかった。 とにかく憂鬱なほど厄介な仕事だった。何より時間がない。 何か察したのかシャカがまとわりついてくるのもうっとうしかった。 サガに相談しようとしたのはさらに事態を悪くした。 どうやら何か誤解されてしまったらしい。 彼の国の話を聞きたかったのだが 何か異様な熱意に妨げられ、ついに話題を進めることができなかった。 ギリシアでも古代建築のレプリカが作られたがあまり好評とは言い難いらしい。 残されたものは、残されたという点で尊いのであって、時に侵蝕された跡こそが 歴史的価値であると。時もまた芸術家であるのだからと。 我々はその議論を出ることはなかった。 …ならばそれらの文化財を修復するとはどういうことなのか。 その点でも私自身も少々行き詰まった。 資料をそろえていたところ、シャカがやってきた。 夢に大仏が現れたという。 結局それをきっかけに西へ行き、滞在を10日延ばし、調査は完了した。 一切説明しなかったがシャカは何も言わずにどこまでもついて来た。 思い返せば長かったような短かったような、不思議な旅だった。 報告書はたった今メールで送付した。 ならば画面の傍らのこの日記のようなものはなんだろう。 愚痴。そして多分に逃避だ。 …書き終えたら消去する。 あたりまえだが報告書は事実だけを書けばよい。 その日の天気・湿度程度は書いてもよいが、風が冷たかったとか 花が咲いていたとか隣にシャカがどうしていたかなどは 書く必要がない。 さらに、 シャカが御所で警報機を鳴らしまくったとか 犬に吠えられたとか鹿の大群に埋もれたとか そんなことはなおさら書かなくてもいいのだ。 彼が風変わりなことはもはや特記事項ではない。 シャカは留学生で、いずれ国に帰る。 富裕層のうちのさらにほんの一握りの王族の生き残りだ。 しかるべきカーストの女性と結婚して家庭をつくるだろう。 彼は彼の三蔵教典だかなんだかの論文を上梓すれば日本にいる理由がない。 …風の強いあの日暮れの公園の片隅で 彼の細い指が私のほつれ乱れた髪にすべりこみ 私の頭蓋をまさぐったと思うと頬に冷たい唇が触れた… そんなことはもう忘れたほうがいい。 山のような郵便物の中から封筒を二通発掘した。 シャカと自分の来年度の学籍番号の通知だ。どうやら手続きには間に合ったらしい。 私は溜息をつきながら事務所に向かった。 :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: |