■後書き・・・■

ええと、書いてるほうも、「エエエ〜」といいたくなるような結末で申し訳ありません。
元ネタは『タイス』で、高級娼婦タイスに魅せられた修道士が、彼女を改心させるも、
みずからその肉欲に溺れ、彼女の死とともに信仰を捨て鬼になる、という「ミイラ取りが
ミイラになる」的萌えシチュエーションでした。その設定が生かせているかはなはだ疑問です。

それでもなんとか
・歌劇中の『タイス瞑想曲』およびその原作『タイス』がテーマ
・魔性のムウ様に翻弄されるシャカ
・パラレル無し、死にネタ無し
・二人の接触はハグ程度
をクリアできたでしょうか・・・;;ドキドキ。

魔性のムウ様は・・・・シャカの脳内だけ;;でも電波な脳内は書いていて楽しかったです。
あいかわらず情景描写がお粗末でお恥ずかしい限りです・・・。頑張ったのですが原文の万分の一も
反映できていないことをお侘びしなくてはなりません。

mareturf様、あらためて素敵なリクエストをありがとうございました。
多いに萌え、そして大変勉強になりましたv
お言葉に甘えて半年以上も、お待たせしてすみませんでした。
感謝と愛をこめて捧げます。

   2007年9月8日 油すま吉拝。



■■補足&蛇足■■
原作『タイス』のクライマックスともいうべき心理的転機は愛するものの死です。拙作では
死にオチを避けましたが、それを入れて完全パラレルにするとこんな感じになる、というのを
参考までにご紹介したいと思います。シチュエーションは個人的に相当萌えでしたので・・・。
以下、歌劇のほうの『あらすじ』を名前を変えてまとめてみました(当然ながらネタバレです)。
******************************************
インドのある僧院、修行僧たちが祈りを捧げている。ジャミールからシャカが
還ってくる。ジャミールの町がムウという名の踊り子のために堕落し、壊滅の
危機に瀕しているという。彼は世俗の時代、ムウとは面識があり、かつて誘惑
されたが、神の助けによって一線を越えることはなかった。彼はムウの行為は
神仏への信仰を侮辱するものであるから、改心させるべきだと訴える。老師は
世俗に関わるなと忠告をするもシャカはムウを仏の御心にそわせる決心をする。
シャカは眠りにつくが、ムウの幻影に悩まされて目覚める。ムウを改心させよ、
との神仏のお告げだと確信したシャカはジャミールへ向かう。
ジャミールの町で彼はかっての学友、サガに会う。サガは彼を歓迎し館に招く。
サガはシャカの話を聞くと、実は自分は莫大な金をかけ、ムウを一週間囲って
いることを明かし、今日が最後の日だと告げる。サガは僧服を脱ごうとしない
シャカをなんとか綺麗にし、饗宴に招く。ムウはアフロディーテやデスマスク
シュラとともに宴に参列し、シャカの厳しい視線に気付く。サガは、この男は
君を改宗させにきたと、告げ、宴の席はシャカを嘲笑する。しかしムウはこの
挑戦を受けることにする。
実はムウは快楽だけを求める生活に虚しさを感じていた。シャカが、肉の愛を
断って精神の愛にめざめよ、と解く。最初は馬鹿にしていたムウも、シャカの
真摯な言葉に心を動かし始め、罪の意識を覚える。しかしすぐにサガの「今日
が最後の日」という声が聞こえ、彼は所詮自分は踊り子であると自嘲し、泣く。
シャカは明日の朝まで待つと告げ、家の外に出る。(ここで「タイス瞑想曲」)
夜明け、ムウはシャカに仏に従う決心をしたと告げる。シャカは彼を出家させる
こと決め、世俗の持ち物を焼かせる。その騒ぎに気付いた町の人々が、ムウと
いう町一番の美人を失うことを怒り、シャカに襲い掛かる。しかしサガはムウ
自身が信仰に目覚めたのを知ると、金貨をばらまいて人々の注意を逸らし二人を
逃がす。
徒歩での過酷な旅程にムウは疲労困憊していた。休みたいと訴えるが彼の肉体に
苦行を与えることに喜びを感じるシャカはムウをせきたてる(←辞書原文ママ)。
しかしムウの脚から血が流れるのを見て、突如哀れみに打たれ、泉の水を汲んで
与える。ムウはシャカの厳しさと優しさに触れ、感謝の念を抱く。僧院に辿り着
いたムウは、シャカに謝意と別れの言葉を告げる。
僧院に戻ったシャカだが、ムウに焦がれ、二十日もの間、食事も喉を通らない。
日夜半裸のムウの幻に翻弄される彼に、ムウが死にかけているという神仏の声
が聞こえる。シャカはムウを自分のものにしたい一心で嵐の中へ駆け出して行く。
僧院長シオンは、ムウの熱心な祈りが彼の罪を浄化したと告げる。そしてムウの
改心に尽力したシャカに礼を言う。しかしシャカは狂ったように取り乱し瀕死の
ムウに駆け寄ると、彼への肉体的な愛を告白する。シャカは信仰や神仏を完全に
否定し、この世の愛を求めていた。そのシャカの腕の中でムウは神による救いを
夢見ながら静かに息絶える。
シャカは苦痛に悶えながら「哀れみを」と叫ぶ(原作では鬼になる)。


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ジャミール、町ではないし…。それにしても大変な話です。テキストでシャカが大分七転八倒してたのはそのせいです・・・。


■■■『タイス』について■■■
歌劇『タイス』(1894)はジュール・マスネ(1842-1912)の代表作の一つで、間奏曲の『タイス瞑想曲』は
広く愛されてます。今回はこの原作となったアナトール・フランス(1844-1924)の『タイス』(1890)を
主に参考にしました。大変面白く、また興味深い話でした。歌劇と違い、主人公パニュフスは
タイスの面影を払拭したいあまりに、柱に登ったり墓にもぐったりと、本当に死ぬかと思うくらい延々と
言語を絶する苦労します。とことん疑い、迷いまくる役柄はシャカよりもむしろサガなのかなあと思い
つつ、そのタイスを囲う昔の友人、偽善者インテリ貴族はまんまサガだとか思いました。
原作を読む前はタイトルからしてたとえばワイルドの『サロメ』等に連なる東洋趣味や運命の女の話と
ばかり思ってました。しかし、読んでみると、娼婦を聖女に変え、高潔な修道士を鬼にも変える信仰も
また重要なテーマでした。神への徹底した懐疑。とくに主人公が苦悩のあまり、四世紀当時の信仰
三位一体(神=キリスト)を捨て異端とされていたアリウス派の信仰(人=キリスト)を口走って
しまうあたりは鳥肌モノでした。萌えとか抜きに考えても面白かったです。
参考にする際、仏教とキリスト教の接点を探ってみたのですが・・・・いくら真面目に考えても所詮
「シャカの」神仏だと思うとつい適当に。本文のインチキ神仏ビジョンはすべて油の捏造です。
タイトルの『白蓮』は原文第一章の"Le Lotus"から拝借しましたv



以下を参考にしました〜〜数字は出版年、()内は初版の年です。
・『新グローヴオペラ事典』スタンリー・セイディ編、  中矢一義、土田英三郎 日本語版監修
白水社、2006、pp.396-399.
・アナトール・フランス小説集3『舞姫タイス』水野成夫訳、白水社、2000(1941).
・『舞姫タイス』谷崎精二 訳 聚英閣、1924.
・France, Anatole, Thais, Paris, 1920(1889/1890).
(原文はThe Project Gutenberg EBook, http://www.gutenberg.org/etext/6377も参照。)
(『タイス瞑想曲』はここでも視聴できます→http://www.youtube.com/watch?v=m2yyNSUoe3E)
・ホメロス『オデュッセイア』松平千秋訳(上下)岩波文庫 2006(1994)
(原文はhttp://remacle.org/bloodwolf/poetes/homere/odyssee/livre9gt.htmを参照。ほんと便利な時代に・・・)
まさに余談ですが、以前、塩野七生女史がどこかで『オデュッセイア』は「朝帰りしてしまった夫が妻に
延々と言い訳をする話」というイタリア人(?)のコメントを載せていて、今回久々に読み返したら
それが思い出されて笑いを堪えるのが大変でした。地中海男ってそうなのか〜とか思いつつ・・・。
こんなところまで読んでくださってありがとうございましたv





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