*

聖域が夕日に照らされていた。白亜の宮殿が薔薇色に染まる。
…長い一日だった。
ああ、もうこのわけの分からん役目も終りだ。
さっさと帰ろうとする俺をムウは呼び止めた。
「デスマスク」
「何だよ」
「私はあなたを愛します」
「ハァ???」
もう……勘弁してくれ。わけがわからん。
俺は「ケッ!」とでも言ってその場を去ろうとしたが、脚が・・動かねえ。
ムウの奴は瞬きもせずこちらをじっとみている。
そんなまっすぐな目でみないでくれ。頼むから。
俺はガキのように動揺している自分に驚いた。
「もしも赦すということが愛するということなら、です」
「は?」
「あなたがたとえ、極悪非道で冷酷無比で、良心のかけらもない悪党だとしても」
「…をぃ…」
「あなたがあの小さな生き物を救った慈悲の心のためにあなたを愛しましょう」
「……」
喧嘩を売っているのか。こいつは。
「悪人の善行はさしずめ泥沼の中の蓮のように光るものですね」
「悪人で悪かったな。」
俺はつい頭に血が上った。
「お前な。お前は知らんだろうが、俺の実家はコテコテのクリスチャンだったんだ。思い出させんな。俺にとっては捨てた神なんだよ。ガキのから幾度となく聞かされた言葉が今更なんだというんだ。敵を愛するなんてことができるか。できないことを信じるなんて偽善じゃねえか。俺は文字通り二度も地獄に逆走した悪党だぜ。」
「それが何だというのです」
「俺は芯から悪人なんだよ。放っとけよ」
「最も罪深いものが最も神に愛されるというではないですか」
「そんな物好きな神なんか知らん…だいたいお前がそんな偽善者面やめろよな。らしくねえ。」
俺はムウに背を向けようとした。そのとたん、奴は俺の腕をつかんだ。馬鹿力で。
「…ではあなた何か、私の好意が気に入らないとでも言うのですか?」
ムウの目がすぅっと細くなった。すなわち切れる寸前だ。俺は冷や汗が脇腹を伝うのを感じた。
「……」
「……勝手にしやがれ」
沈黙に耐えかねて俺は叫んでしまった。

夕陽が静かに落ちていった。
 
                    *


夜。ムウの野郎は巨蟹宮からなかなか帰らない。ジンはもう二瓶空になっている。
器用に果実を切り分けながらムウは楽しそうに笑っている。
「ふふふ・・・しかし」
「何だよ」
「『隣人を愛せ』『敵を愛せ』この理屈だと隣人すなわち敵ということになりますねえ。」
「……」
「愛してますよ。デスマスク」
「うるせぇ」
長い夜が始まった。   
                   
夜も半ば。俺のベッドを占領してムウは寝ている。…あまりにも無防備だ。
…こいつはまさか、シオンの言葉を真に受けて、俺のことを…
「ありえねえ」
奴の寝顔をまじまじと眺めてみる。
相変わらず変な眉毛、変な毛色、変な服…しかしその言動が一番意味不明だ。
まあ、好意ということは、この先またうっかり殺されるってこともないだろうが…どうしたものか。
「デスマスク…」
起こしてしまったらしい。あろうことか俺の肩に手を回してくる。こいつ…。酔っているのか?確信犯なのか?…おおい、どうなんだ。
心身ともにもう疲れて抗う気力もなかった。ムウの白い腕は俺の腹をしっかり抱えている。
「あなたは温かいですねえ…」
「ったりめーよ。生きてんだから。」
「…この間は思い切り冥界に飛ばしてしまって申し訳なかったですねえ。」
「お互い様だろ」
「戻ってこれてよかったですねぇ…」
「それもお互い様、アテナ様様ってことで・・おい泣くなよ!」
ムウの涙は温かかった。ようやく戦いが終わったのだ、そんな安堵の念からか、ムウは俺の胸でひとしきり泣いていた。
 
                    *


アリエスのムウ。…俺はこいつのことが大嫌いだった…筈だった。

                    *               

(ひとまず、終わりです)

    
  補遺として:
エアーズ・ロックの付近にもホテルや銀行はあるようです。
猫モドキはウォンバット(小)を想定しています。
デスマスクの実家の話は全く根拠がありません。
オーストリアとオ−ストラリアを間違ったというのは実は実話です。

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