血のような落日をすべて夜に洗い流して
何事もなかったかのように暁は東の空を覆う。
麦の穂のような金の睫毛を眩しそうに細めながら
わたしの腕のなかであなたが目を覚ます。


朝の光を映すその青い瞳は
人の汚れなど知らないかのようだ。
昨晩あれほど汲み尽くして
終の一滴まで飲み干したとさえ思ったのに
あなたの泉はもう、なみなみと清水をたたえている。
…神に近いとはこのようなものかと
いつもあなたに触れるたびに思い知らされる。



「なんだ。起きていたのかね」
「あなたは良く寝られたようですね」
「誰のせいだと思っているのだ」
恨み言を言いながらも身を起こすその細い体躯をわたしはまた敷布に沈めた。
あなたは抗いもせず、わたしの下でそっと目を閉じる。


いったい。
あなたは何を思っているのだろう
わたしの腕のなかで。

どうとでもするがいい、と
なげやりにも、すべてを赦しているかのようにも見える。
優しくも残酷だ。


あなたは獣のような仕草でわたしを受け入れた。
だからわたしも四足であなたの体を柔らかく喰らう。



初めてその身を組み敷いたときですらそうだった。
あなたはあまりにもあっけなくその体を手放す。
まるで飢えた獣にその身を差し出すように。


慈悲か?いや、あなたにとってはこの世で起こることなど
人の体も、その欲望も、ましてや他人の欲望など
ほんとうに、どうでもいいのかもしれない。


だから。
その身は確かにここに在るのに
あなたはいつも手のとどかないところに居る。
その瞳と同じ透明さでわたしのかいなをすり抜ける。


どんなにやみくもに奪っても
あなたはどこまでも清い。


そんなことを考えていると欲望とも怒りともつかない熱が
喉元までこみ上げてきてわたしはシャカの首すじを噛んだ。
シャカは短く叫ぶとわたしの髪に両手を差し入れたが
またすぐに大人しくなった。

このままわたしがこの喉を食い破ったとしても
あなたは諾としてそれを受け入れるだろう。



いつだってそうだ。
どんなに無茶をしてもあなたは拒むということがない。
屈辱にすら顔をそむけて声を殺して耐える。
けれど快楽に溺れるときだけは驚くほど素直だ。
その高慢な口調のまま、わたしの名を呼びさえする。

…もう一度その声を聞きたくて
わたしはそのまま上体を浮かせて攻めはじめた。



朝のわたしたちはあっけなくのぼりつめた。
あなたはまた、満ちたりたように目蓋を伏せるけれど
わたしの心は晴れなかった。
あなたを苛めるのはほんとうに楽しい。
その綺麗な顔が歪むのもたまらない。
けれど今日ばかりはどうしても駄目だ。
あなたの眉根が寄せられると
それが快楽ゆえだと分かってはいても
ひどく胸が痛い。



昨夜。
あなたのくだらない話など
聞かなければよかったのだ。



あなたは言った
あの沙羅の花が咲いたなら
天命が下ると。


…わたしは眠れなかった。


あなたは、散りゆく花に自分をたとえて
運命なのだから仕方のないことなのだよ、と笑ったが。
その盛りに自らを散らす花などあるだろうか。


命をかける戦いであるのはわたしも同じだ。
けれどあなたはなぜ、それほどに死を望むのだ。
あなたにとって生はもはや苦しむに値するものでもないのか。
指先で埃をはらうかのように、簡単に生を脱ぎ捨てる。
あなたにとってはこの生は鳥の羽ほどの重さもないのか。


せめてわたしの身勝手な欲望が重荷であったとでも
言ってくれればよいのに。
わたしの痕跡などなにひとつ残さないままに
あなたは逝こうとしている。

いくら肌に爪あとを刻んだところで何の意味があるだろう。
あなたはわたしのことなど何もなかったかのように
この腕から消えようとしている。



無論ひきとめるつもりはない。

…けれど


そこまで考えていると珍しくシャカから口付けてきた。
「泣くな…ムウ」
感情が昂じてわたしはいつのまにか泣いていたらしい。
しかし涙などわたしにとっては意味のないことだった。


「いつまでたっても慣れないものですね」
「何に、だね」
「これでお別れということでしょう。動じるなというほうが無理です」

結論から言うとそういうことだ。
「だが、どうすることもできないのだよ」
あなたはいつものように繰り返す。

「そんなこと、…わかっていますよ」
何をいってもしかたがないことだと分かってはいてもやはり、
迷いのないあなたを見ているのはとてもやりきれない。
涙が溢れて視界がにじむ。
あなたがそれを望むならわたしは受け入れなくてはならないのに
わたしは本当に狭量な男だ。


「…シャカ」
「何だね」
「しなせたくありません」
わずかに沈黙するとシャカは微笑んで言った。
「君は困ったことを言う」
「あなたは困ってなどいないでしょう!?」
思わず声を荒げてしまった。
「困っているのだよ」
シャカの声音の低さにふと、我に返る。

「わたしも君にわがままを言ってもいいかね」
いままでこの男がわがままでなかったことなどあるだろうか。
「もしも許されるなら」
わたしが答えるより早くシャカの視線がわたしを捉えた。
「君の手で逝きたい」
シャカの青い瞳がまっすぐにわたしを見つめていた。
わたしは言葉を失った。
「君はほんとうに泣き虫だな」


乾きかけた頬がまた、濡れた。















あとがきにかえて


ぱおさんとこのシャカが、澄んだ眼差しで空を見詰めながら
「泣いているのは君ではないか」
と言っていたあの一コマに触発されて書きました。ぱおさんに捧げる羊乙女です。

朝ってのは永訣の朝(本人達にとっては)です。ムウ様ちょっと泣きすぎですよね。
このあと、処女宮の前でシャカをあえて止めなかったムウ様を思うとたまりません!
ああ、分かっていたのね、という。友情でも勿論萌えですが、それが愛でもいいかなと。

ムウ様がシャカ好きで好きでしょうがなくって、攻めなのに女々しくてすみません。
(でもあまり泣くのには抵抗がなかったと思うのです。アイオリアは我慢しそうですが。)
シャカが動じなければ動じないほど、ムウ様はつい苛立ってしまう。そして自己嫌悪。
シャカの愛は切なくなるほど広く深いから、苦しくなってしまうムウ様って萌えです。


ぱおさん、拙いテキストを貰ってくださってありがとうございました。


2010年5月17日


油すま吉@ソルティカルテット