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稽古 「おっと失礼」 ムウは正面からのアイオリアの突きを右に受け流しながら、重心を落とし、 その後頭部にピタリと左の拳を当てた。 組み手はまたしてもムウの勝ちであった。 「くっ」 アイオリアが小さく呻く。 それを合図に互いに後ずさり、再び間合いを計る。 相手の出方を待ちきれないといった様子で、アイオリアは拳を握りしめた。 右か左か。拡散か集中か。体軸を左に保ったままアイオリアはまっすぐ前方に意識を向ける。 ムウはその剥き出しの闘志に深い溜息をついた。 「真面目にやれ!」 怒号とともに繰り出される正拳をひらりとかわしながら、ムウはあきれたように呟いた。 「分かりやすいんですよ。あなたの攻撃は」 「何?」 「右左右と動かして、前に出たら懐に入ろうとしているでしょう。」 図星であるようだった。 アイオリアは口をつぐむと、憮然とした表情で腕を組み、ムウを睨むように言った。 「何故分かる」 「何故分からない」という言葉を飲み込んで、ムウはこの同僚を冷ややかに見つめた。 短慮なことは以前からよく知っていたが、思慮が足りないというよりも、 もしや本当に馬鹿なのか。 確かに組み手は頭を使う。二歩も三歩も先の相手の動きを読み、その攻撃を利用し、守りつつ攻めることが最上とされていた。 「面倒」を嫌い、力で押し切るタイプのアイオリアの、不得手な稽古だった。 しかし13年間、拳を交える機会にめぐまれなかった自分よりも組み手が下手ということは、およそありえないことだった。 全てを小宇宙で解決できる聖闘士とはいえ、生身の人間である。 拳の打ち合い、体裁きは戦闘の基本であり、雑兵から黄金聖闘士に至るまで、日々鍛練しているはずだった。 「・・・初心に返って型をやりましょうか」 型とは防御と攻撃の連続技の定式であり、鍛練の基本中の基本である。 重心移動や拳の運びなどの基礎から始まり、次第に複雑な変化を加え、多彩な攻撃パターンを身に付けられるよう考案されたごく初歩の教材であった。それゆえ、その練習を提案されることは人によっては屈辱と感じるかもしれない。 「いいだろう」 しかしアイオリアは別に腹を立てることもなく、あっさりと腕組みをとくと、ムウの隣に並んだ。 「1、2、3、4」 二人の小宇宙の合図とともに拳や蹴りが幾種類も繰り出される。 ほぼ光速で動く二人の動きは完全に一致し、遠目には閃光を放つ光の玉にしか見えない。 「45、46、47、48」 アイオリアの動きはそこでぴたり、と止まった。 ムウは自分に合わせたのかと思ったが、そうではないらしい。 「ここまでだ」 どうやら彼が習得しているのは、そこまでだ、という意味だった。 それは、ごくごく初歩の、いうなれば子供でも習得できるような単独練習用の基本型である。 しかし300近くある型のわずか48とは。 「あなた、ずっと聖域にいて・・・」 ムウははっと息を呑んだ。 自分もまたそこまでしか知らないのだ。 その訳は訊くまでもないことだった。 そしてこの男は聖域にいながら稽古をする相手もいなかったのだ。 13年の歳月が生々しくさらされた。 「だから」 アイオリアは彼にしては珍しく、呟くような声で言った。 「え?」 ムウは彼を見たが、アイオリアは視線をそらし、 「だから稽古を申し込んだ」 「・・・・・」 「それだけだ」 そう言うとくるりと背を向けて去っていった。 アイオリアが何のつもりで稽古を申し出たのかは本当のところは知れなかった。 だがムウは、去り行くアイオリアの分厚い背中を、ふと叩きたいような衝動にかられた。 |