9月のパラ銀その後でお世話になったアフロディーテファンのAnemone Dreamerの稀様に
恐れ多くも捧げた代物でございます。その節はお世話になりました・・・!
稀様、サイトへの再掲の快諾をありがとうございました(拝伏)。
一応カミュアフロですが、健全とも言えるような小話(ポエム)です。


















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 それゆえに尋ねるなかれ
 誰がために弔いの鐘は鳴ると
 そは 汝がために鳴る




               Ernest Hemingway


















晩鐘




季節はずれの雨が窓を叩く。

「降っているな」
「ああ」


何度目かの、同じ会話。
狭い窓を雨粒が滑り落ちる。
白い空から絶え間なく注ぐ雨滴は
わたしたちの時を完全に止めていた。


村はずれの小さな屋敷は、
カミュがシベリアから帰ってくるときの
そしてわたしが故郷に向かうときの、
ちょっとしたねぐらだ。


すぐそばの教会で夕刻の鐘が鳴る。
そろそろ灯りをつけようかと思いながら、
わたしは窓の明かりを白く写すその横顔を見た。


あいもかわらず、その紅い瞳は空ろだ。
目のさめるような鮮やかな真紅。


…いずれ、大人になったら髯も生えるさ、
君なら赤ひげになるだろう、などと、
からかっていたというのに、
その時はどうも来そうもない。


あの頃の君は、まだ酒もろくに飲めない子どもだったのに
いっぱしの師匠気取りで「弟子が可愛くてたまらない」なんて
言って嬉しそうに笑ってたっけ。




いつ頃からだろう?
口をひらけば「あの子たちが」とうるさかった君が
何も話さなくなったのは。

弟子の一人をついに青銅にしたという話でさえ、
わたしはサガから聞いたのだ。

最近君の無口には拍車がかかり、彫像のように何時間も動かない。


「他人の気持などわからない」
まったく君の言うとおりだ。
わたしも君が何を考えているかさっぱりだ。

それなのにわたしが帰ろうとすると
「帰らないでくれ」
とだけ言う。
わたしが本を読んでいようと
庭の手入れをしてようと、関わりない。

とはいえまるで話を聞かないわけでもなくて、
デスマスクとシュラの馬鹿話には少しだけ笑う。


自分は無駄口をたたくのは嫌いだったが、
より無口な人間がいると口を開く程度にはお喋りだったらしい。

そのかわり、わたしたちは良く呑んだ。
カミュは何本もワインを空けて顔色一つ変えない。
せっかくロシアに居るのに、好みは変わらず、
「うがい薬だ」と言ってウォッカには見向きもしない。



カミュは銘柄にも産地にも拘らなかった。
封を切って香りを嗅ぐ。それが全てだ。
わたしからのプレゼントにも「ノン」と言ったきり口もつけないことがある。
そんなわけで、ここの古びた冷蔵庫には高級すぎる料理酒が腐るほどある。



カミュは赤の封を切ると、グラスを満たし、乾杯を促した。
わたしたちは灯りをつけ、呑みはじめる。
土くさいだの、重すぎるなど勝手なことを言いながら、杯が空いてゆく。

「それで?」
三本目が空いた頃、カミュは聞いてきた。


…別段それほど話したいというほどではなった。
むしろ忘れてしまいたい。
けれど、こういうことに限ってカミュは鋭かった。


「…このまえの金曜日だったか…」

暑い日だった。
砂漠ばかりの貧しい島で。

「わたしが討った白銀は…」

討伐など珍しくもなかった。
だが。
言葉を切ったわたしにカミュは訊いてきた。

「…反逆者、だったのか」
カミュの言葉は的確だった。

「そうだ。聖域に従わない、それが反逆でなくて何だ!」


聖域とはつまりサガだ。
それはもういい。
そんなことは今に始まったことではない。
だが。
落ち着き払ったカミュを前にすると、苛立った自分がばかばかしくなる。
この男はどこまでも冷静だ。

「それで?」

「男には…弟子がいた」

「そうか…」

「討ち損じたわけではない」

「見逃したのか」

「そうだ」

「珍しいな」


敵陣の殲滅は討伐の基本である
たとえ女子子供であっても、だ。
それは本当に正解だったと今苦々しく思う。
わたしのしたことなど、デスマスクが聞いたら笑うだろう。

「…殺しておけばよかった」

「先生!」と駆け寄った高い声が耳に蘇る。
おかしなことに止めをささずに帰ってきてしまった。
笑いとばすこともできない。

たしかにあのケフェウスはまともな聖闘士だった。
だが、それとこれとは話が違う。

「わたしがその師であれば」
カミュは突然、しかし静かに続けた。

「弟子を失うほうが堪え難い」

「己が死ぬよりも、か」

「ああ」

「そういうものか」


「そうだ」


…なぜためらったのか。
わたしはその原因をたった今はっきりと知った。
…この男か…

あのとき、背にすがる女聖闘士を庇いながら
瀕死のケフェウスの目にはまだ光があった。
最後の力を振り絞ってわたしに向かってくるかと思ったが
背を向けたわたしに、何もしなかった…



「…わたしの」
カミュが何かを言おうとした、その瞬間だった。

ひときわ大きく鐘が鳴り響いた。
最初に高く、それから低く、何回も、何回も。
慣れたとはいえ、耳の奥にこだまする。


「今のは…やけに景気がいいな」
「葬式か」
「そのようだ」



それきりカミュは口を閉じてしまったが。
キグナスを継承するのは一人だけであることを思えば
彼の見つめる彼方は知れた。


「死者に」
カミュが杯を挙げる。
「死すべきものたちに」
わたしも杯を干す。



鐘の余韻の途切れる頃には、すっかり日が暮れていた。




















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アフロディーテがダイダロス先生のことを素直に評価していたので、
彼はもしかして躊躇ったのかなとか思って、そしてカミュと仲が
良ければ、あるいはそうでなくても、師弟について、考えるところが
あったのかなと。
彼の、リアリストでいながら、たまに感情がついていかないような
そんなところが好きです。本当に触ったら切れそうな美しさ。
20011.09.20.油すま吉@ソルティ・カルテット