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* * * 結局昨日は寝て過ごしてしまったようだ。 翌朝。 目が覚めたら枕元にムウがいた。 「おはようございます」 夢じゃあない。 しかもとびきりの笑顔だ。 オレはこんどこそ遠慮せずベッドに引っ張り込んだ。 「…あ」 ムウは少し戸惑うような声をあげたものの、素直にされるがままになっている。 「カノン…」 オレの下で、上目使いにオレを見ている。正直たまらない。 「いいよな、ムウ」 ムウは寄せたオレの唇を軽く遮りながら、 「お願いがあるのですが、いい…ですか?」 オレの頬を撫でると誘うような甘い声でささやく。 「ああ。いいよ。うん、いい。何でも言えよ」 …優しくして、か、それとも…? 「休暇は昨日で終わりです…協力してくださいますね…?」 その後、オレが連れて行かれた先には教皇といつかのチビが待ち構えていて。 黄金聖衣の修復とかでオレはギリギリまで血を搾り取られた。 どうやら、最後の修復になるらしい。 …最後のってことは…。聖域に無人の宮が多いのは、人が少ない気がしたのは、そういう、わけもあったのか…。 オレの背後には兄が、そしてその次にはキャンサーが。 顔色も変えず、むしろ嬉々としながら次々と黄金聖闘士を葬り、返り血を浴びるムウの緑の瞳が怪しく輝く… …うん…オレはもう少し狙う相手を選ぶべきだろうか。 凶行の現場となった教皇宮の廊下で、オレは「ムウは血まみれでもかわいい」とかうわごと言ってるバカな兄と並べて転がされた。早朝の風が身に染みる。 …冷静になるのには申し分ない環境だ。 何を血迷ってたんだオレは。 だいたいムウは男だったぜと理性が戻ってきた頃。 ムウがやってきて、 「カノン…ありがとう」 オレの頬にキスをした。 サガは隣で白目をむいて寝ている。 つまりオレに、だけ。 想像以上に柔らかくてあたたかい唇、わずかに触れた睫。オレを見つめる大きな瞳…。 いや…今度ばかりは確実に打ち抜かれた。 …ああ、確かにこれは天使のような… 今すぐここでオレのものにしたい…だがオレの血液は余計なところに回す余裕もなく指一つ動かせない。 なのに不思議だ。ムウの気配を傍らに感じるだけでもなにかが急速に満たされたような心持ちがする…。 隣のサガでなくてオレのところにいるというのがまた最高に気分がいい。 ムウはオレの肩を抱えると、水を飲ませようとコップに顔を傾けた。 《そこは口移しで…》 とオレは念を送る。ムウは困ったように微笑むとコップを床に置き、オレの頭を抱き抱える。 …いよいよか。 「フッ…うまくやってるようだな」 驚いて目を開けると頭上で教皇が覘きこんでいた。 「手伝ってやろう」 血しぶきにまみれた緑色の髪はまるで地獄の王のようだ。 「ムウ、こいつの鼻をつまめ」 教皇はオレの開いた口に甕から水を次々と流しこむ。呼吸もままならないが油断すると気管に入る。これ水責めじゃないか。むせかけながらオレも根性で飲み干した。 「ほう。さすがスニオンから抜けただけあるな」 「大丈夫ですか、カノン」 《…ダメ…》 腹は苦しいわ、めまいがするわ、さすがに限界を感じる。ムウの膝の上…ではあるんだが…死にそう…ああ…悪魔に魂を売り渡すってこんな感じなんだろうか。 「誰が悪魔だ」 と教皇が鼻で笑う。あんただよ…とつぶやく力もない。視界の隅でムウが怪しく笑む。教皇は隣のサガには大甕から直接水をふりかけている。遠ざかる意識のなかキャンサーの悲鳴が聞こえる。なんだこの阿鼻叫喚の地獄絵図は…。 * * * その日の夕方。 気が付いたらオレは広々とした豪勢な部屋の、しかもふかふかのベッドに横たわっていた。 壁や柱の大きさからして、ここは十二宮ではない。教皇宮か。 オレはそのまま運ばれてきたのかと思いきや、服や靴がない。サガのマネができるくらいすっ裸だ。どこで洗われたのか知らないが、髪からもいい匂いがする。 ベッドサイドには豪華に盛り付けられた葡萄やらオリーブやらワインやらがある。気前いいな。聖域は。血の代償でこんなにしてくれるのか?この待遇、いきなり地獄から天国へ来たようだった。 もっとも…天使の奴はいないようだったが。 …さっき…ムウがサガを差し置いてオレのところにきたのは教皇がいたからか、それとも… …オレはそこまで考えてやめた。こんなフラフラな頭で考えてもろくなことはない。 起き上がるとまだ少しめまいがするものの、あとはまあまあ調子がいいようだった。 さすがに腹が減っていたので遠慮なく葡萄とオリーブとチーズをつまむ。美味い。相当の上物だ。 あとは女がいれば最高…と思ったタイミングに扉がノックされた。 「入っていいぞ」 一瞬期待したが、現れたのは雑兵。しかもむさくるしい大男だ。教皇宮なのに侍女とかいないのか…。 「お着替えをお持ちいたしました」 見れば冗談かと思うような白い法衣。…これ苦手なんだよな。動きにくくてかなわん。 「…あの、オレの服。後であれ持ってきて」 「はっ」 雑兵はオレの食べ散らかしを綺麗に掃除し、荷台に載せてきたパンと肉とチーズを手際よく並べてゆく。 「悪いな。ごちそうさん」 「いえ……」 なんだか何か言いたそうにこちらを見ている。 「…あの…」 その巨体でモジモジするなよ…。 「ん?何だ?」 「アリエス様はまだ修復なさっています。…夜にはいらっしゃると思います」 えっ…そんなこと聞いてもいないが。 「…夜?」 「応援しております!」 「???」 そういうと雑兵は逃げるように扉の向こうに消えていった。 察するにオレとムウとの話はもう聖域中、すくなくとも教皇の周辺には広まっているってことか。それにしてもなんだ応援とは。アリエス様とか言ってたが、もしかしてムウの信奉者か。オレを応援するってことはアンチ・サガとか…雑兵にもいろいろいるのかいな…。わからん。 オレは遠慮なくパンやらチーズやらいただいた。焼き加減に塩加減、隠し味のハーブ…文句のつけようがなく美味い。 腹がこなれたところでオレは起き上がった。とりあえず全裸は落ち着かないので、法衣に袖を通す。鏡を見るとまるでサガだ。 白い法衣に白い靴…。なんか変な指輪まである…。この待遇、オレだけ特別なのか。 …まさか。ムウが夜に来るというのは… 「認めてやるぞ」という教皇の声が蘇る。認めてやるというのはつまりそういうことか!? まさかの「お膳立て」か…これは参ったな。 確かにムウとヤリたいとは思ったが、あまのじゃくなオレはこんな風にされるのはごめんだ、と思った。 さっさと出よう扉を開けると、廊下にはずらっと雑兵。 「何かお要り用でしょうか」 三名ほどがオレに跪く。 「いや…手洗い…」 それにもぞろぞろついてくる。逃げようと思ったが窓もない。力づくで突破してもよかったが、オレが逃げたらこいつら全員あの教皇に何かされるんだろうなあと思いつつ、オレはとりあえず部屋に戻った。 部屋の奥にはもう一つ扉があったはず…。 開けると天井までぎっしり本が詰まった広い書斎。さらに隣の部屋は寝室…その豪華さに嫌な予感がする。さらに開けると… 「教皇」 まさかの教皇の私室だった。 当の教皇はオレに驚く様子もない。 「もう具合はいいのか」 「は…はっ」 オレのほうを見てニヤリとすると 「ムウを頼むぞ」 と肩をたたく。 仕方なくオレは部屋に戻る。やはり突破するなら向こうの扉か。 雑兵たちには悪いが、こういうのはやっぱり好かない。 オレが戻ると雑兵が数人、わらわら入ってきて部屋の灯をともしはじめた。 扉の向こうの人数…なんか増えていないか。 …頭が痛くなってきた。 そうだ、もう酒かっくらって寝てしまおう。 正直まだ少しばかりふらつくし、きっと酔いもまわるだろう。考えるのも面倒。寝てしまえばいい。 オレは枕元のワインを全て干した。 酒はまわっているのにしかし、この異常な状況だからか、眠れない。 そうこうしているうちに扉があいた。 ムウだった。白い寝間着のようなものを着て、疲れからか、だいぶやつれた様子だ。 「シオンがあなたにこれを持てと」 なにか怪しげな液体の入った小瓶だ。さしずめ精力剤か媚薬か…いや案外、毒かもしれない。ムウはそれをサイドテーブルに置いた。 「わたしもかなり限界なのでもう休みます。あなたもお大事に」 「お、おう」 なんだ、あっさり帰るのか。オレは拍子抜けしたが、安心した。 そのほうがいいぜ。オレも寝よう。 数秒後、ムウが戻ってきた。 「テレポート、できませんでした…」 「……」 「しかも見張られてますね…」 今頃気づいたか。 「部屋の隅でいいので、場所を貸していただけますか」 「いや…床は寒いだろ。来いよ」 石畳は底冷えがするうえにこの広い部屋、ソファだの椅子だのがなかった。 「すみません」というとムウはベッドに上がってきた。 「さしずめシオンの計らいでしょうね」 あの教皇、センスが古いというか、外れてるというか、まったく何を考えてるんだか…。 「好意だと思いたいですが、わかりません。もしかしたら」 「オレとお前の仲を疑ってるとか?」 「残念ながらその可能性もあります」 今日、介抱しながらうっかりサガと目が合ってしまったらしい。ああ、それはもしかしてバレたかもしれないな…。こいつら自分たちの分かりやすさをいまいち自覚してないみたいだからな。 「腹をくくってあなたと寝てもいいのですが」 「う…うん」 さらりと言うな、さらりと。 「それにしてもこんなのは嫌です」 「…オレもだよ」 …オレと寝るのが嫌なのか、こんな状況でオレと寝るのが嫌なのか。オレのほうは後者なんだが。とりあえずムウのほうはオレの言葉に安心したらしかった…複雑だ。 「もっとこっちに来いよ。寒いだろ」 掛けた布団を通じて熱が伝わる程度の距離が少しだけ縮まる。手が触れないよう、オレは頭の後ろで組んだ。 おやすみと言い合ったものの、お互いなんとなく寝れない。 微妙な沈黙を破ったのはムウだった。 「カノン…わたし」 「うん」 「サガが好きです」 「…知ってるよ」 「自分でも…どうしてこんな思い通りにいかないのか…分からないのですが」 「ああ、そういうものさ。よりによって、っていう相手に惚れるもんだよ」 我ながら的を得すぎて、ため息がでる。 「シオンのことを考えたら許されないし…とても許せないのに…」 「許せないのはサガじゃなくて…おまえ自身だろ」 「そうかもしれません」 ムウもため息をついた。少し涙声だ。 「おかしいですよね。自分の心ひとつ飼いならすことができずに聖闘士なんて…」 「それサガに言ってやれよ」 「フフフ…。困ったひとですよね」 「本当にな」 「いっそ…嫌いになりたい」 「じゃあ、サガの悪口大会でもするか!」 「夜が明けますよ」 「飽きたら適当に寝ればいいさ…じゃあ、オレから。サガは…兄さんは昔からな、クソがつくほど真面目で几帳面で…。聖域に入ったときもオレの存在は知られてなかったから、聖域の支給は本も、服も、オレたち一緒に使ってたんだよ。本なんかは、兄さんが最初に読んで、オレにくれるんだけれど、まるで新品なんだ。それは綺麗に綺麗にオレのためにとっておいてくれるんだ。でもオレはそれがなんかすごく嫌で、すぐぐちゃぐちゃに汚してえらい怒られていたっけ。今にして思えばガキのオレは、新品みたいな本じゃなくて兄さんが使ったものが欲しかったんだろうな。まあ、そんなこんなで喧嘩。しょっちゅう喧嘩。オレは一方的にやられるばっかりだったが、おかげでだいぶ鍛えられたぜ」 「なるほど…いくら双子とはいえジェミニが迷いもなく適合するとは思えませんからね。…ただ…カノン」 「うん?」 「…それ悪口じゃない…」 「おい…泣くほどのことかよ」 さっきも涙声だったムウが完全に泣いている。なんでた。 だがオレも飲みすぎたのか、だいぶしゃべりすぎているような気もする。 「おまえにとって兄さんの一番嫌なとこはなんだよ」 「やっぱり、わたしに『殺してくれ』というところですかね…」 「ああ、困るよな、それ。オレもよく言われたぜ」 「そうだったのですね。まあ、やはりというか…」 「12か13のガキだったからな。もう一つの人格の問題もあったのかもしれんが、しばしばあった」 「それでなんて答えてたんですか?」 「『バカ誰が殺すか、死ね!』とかそういう…」 今度はムウは枕につっぷして笑っている。そこ、笑うとこか…!? 「でも断るとサガのやつ逆切れしてやたら殴ってくんだぜ。まったくこっちが死ぬわ」 「フフッ…でもそれきっと愛情表現だったのですよ」 「はあ?なんで…」 「わたしには、『おまえを愛してる。おまえも愛してるならわたしを殺してくれ』というロジックなんですが」 「うへえ性質悪いなあ…なんだそれ…」 「ほんと、自分のことしか考えてないですよね」 「ああ。まったくだ」 でもオレは確信した。…昔とは、やはり変わったな。 「だが今のサガは多分違うぞ」 「え…?」 「おまえのことも考えてる」 「は?」 「…と思う」 「あなたにわかるんですか?」 「わかるんだよ」 オレも、と口にしかけてやめた。ここでこの流れで言ったらダメだろ。オレはようやく思いとどまる。だが、次の言葉がまるで思いつかない。 しばらく続いた沈黙を破ったのはムウだった。 「客観的にはよくわかるのかもしれませんね。…いつか、自分の罪を償うためにわたしを必要としているのではないか、と問われたとき、反論できませんでしたよ。サガは。でもわたしはそれでもいいと思いました。もう、サガが苦しんでいるなら、わたしはすべて受け入れようと覚悟を決めたのです」 勇ましい言葉とは裏腹にムウの心がまた閉じてゆくのが分かる。 「たしかにろくでもない男だよ。サガは…」 ほんとに代わりに謝りたくなってくるぜ。 「でもな…そんな男でもオレには兄さんなんだぜ」 え…何言ってんだオレ…!? 「敵討ちなんてやめろよ」 「カノン…」 ムウが意外そうな顔でこちらを見てる。たしかに自分でも何を言ってるのかわからない。 「ええと、だな。うん。仮に上手く殺れたとしてもだ。今度は兄の仇、とか言ってオレがおまえのことを狙うはめになるぜ」 「…フ…いいですねそれも」 「いいのかよ!?」 「サガがいなかったら正直生きていても仕方ない」 「…バカ言うなよ」 そんなに好きかよ。 「かなり問題発言だぞそれ…」 「聞かなかったことにしてください」 「嫌なこった。…まあ、サガもそういうおまえにだから殺されたいんだろうなあ」 「そうでしょうか?」 「それしかおまえのためにしてやれないとかいってたぞ」 「してやれない…?」 「おまえにした、その…いろんなことをつぐないたいだとか…」 いろんなこと…が実際なんだかわからんが、ムウの様子ではさして根に持ってるようには思えなかった。 少し思いめぐらしてからか、ムウはつぶやいた。 「…なら…生きてほしい」 「じゃあ…そう言えよ!」 「…ですが!」 ムウが珍しく声を荒げだ。が、すぐに調子を戻して静かにつぶやく。 「ですが…サガにとっては……わたしは生きる理由にはならなかった…」 「オレはそうは思わないぜ」 「だから、なんでわかるんですか。さっきから…っ…んんっ」 二回目だ。オレはもう我慢の限界でその生意気なへらず口をふさいだ。 ムウは驚いたように体をこわばらせ、そしてまた次の瞬間、体をビクリと震わせた。 ああ…なんかいろいろ思考が漏れたかもしれんが、知るか。 「…わかるんだ、って言ったろ」 「カノン…」 だからそんな…目で見るなよ。オレはムウに背を向ける。 体の熱もこらえきれないが、胸の奥までが急に痛くなりだして参った。それでも背を向けると手足が急に冷えてきて少し落ち着く。オレは自分の耳に伝わるまだ高い鼓動を聞きながら、もうちょっとかっこつけていうはずだった言葉を絞り出した。 「…生きる理由なんて」 そうだ。戦うことやらつぐなうこと以外に、あるはずだぜ。 おまえも、サガも。多分…オレも。 「これからゆっくり探せばいいさ」 ムウが何か言った気もするが、オレは意識が急に朦朧としてきた。 今頃酔いがまわってきたのか、それともまさか…何か盛られていたのか…。 夢の中でオレはムウを何度も犯した。 ムウは甘い声をあげて乱れてめちゃくちゃエロかった…あまりにも都合良すぎる展開にオレはその最中でもこれ夢だよなあと思っていたくらいだ。 * * * 朝。 オレは全裸でベッドに放置されていた。 当然ながらヤッた形跡もなければ、ムウもいない。白い法衣も消えていた。 やっぱりあれは夢だな。その証拠にオレはきっちり持て余していた。 強引にキスした…までは覚えている。そのあと我慢したオレは本当に偉かった。 ムウの唇と溢れる吐息とリアルな夢を思い出してオレは立て続けに二回ヌいた。 こんな状況でなければ。 オレはため息をつく。 本当に…逃がした魚は大きいというのか。 ムウの惚気話なんて無視して…やっときゃよかったかなあ。 だが弱ってる相手につけこむのも卑怯だし、サガがまた暴走したら面倒だし…。 また…機会はあるさ。…多分。 ぼんやりした頭で起き上がると、扉が開いて教皇が現れた。 オレはとりあえずシーツで前を隠しながら跪く。 その様子を教皇は薄笑いを浮かべて見ている。 そしてオレは気が付いた。昨日、法衣の上に乗っていた指輪が教皇の左小指に輝いている。うわあ。うっかりはめなくてよかった。きっと抜けないとか指がもげるとか呪われていたことだろう。 「おまえを試して悪かったな」 「は…?いったい」 「話は聞いた」 え?何の??オレはようやく戻り始めてた血の気が引くのを感じた。 「そ、それはどういう…」 「ここは特殊な客室でな…ここでの声はわたしの部屋に筒抜けだ」 ゲッ…ということは全部バレ…た?? 「ムウとサガには今仕置きをしている」 仕置きって…お尻ぺんぺんとかじゃない…だろうな…オレは昨日のことを思い出した。ああもナチュラルに水責めをかますお人だ…も…もしかして折檻部屋というのはもしかしなくてもこの教皇の…。 「サガめ。死にきれぬならいつでも申せばよいのにまったく水くさいわ…ムウもそんなに死にたいならこのわたしの手で殺してくれようものを」 その静かな物言いにオレは心底肝を冷やした。誓って言うが海皇より怖いぞ。 「…仕置き…と申しますのは…」 「おまえはわたしたちの眉に免じて勘弁してやる。カノンよ。サガが使えなくなったらジェミニは頼んだぞ」 「教皇…おそれながら!」 「フッ案ずるな。2、3日したら返す」 にさん…案ずるぜ…それは…!反論する隙も与えず、教皇は続ける。 「座して待て。それがおまえへの罰だ」 「う…は…はっ」 …最悪な意味でまさかの展開、だ。 オレは…絶対に舐めてはいけないお人を謀ってしまった…か。 ようやく回収されたいつもの服に着替え、オレは教皇宮を出た…ふりをして裏手に回り、教皇宮付の雑兵らの詰所に近づく。昨日オレの部屋にきた大きい奴を見つけ、岩陰に拉致る。 「ジェミニ様…ッ」 雑兵は分かりやすくうろたえた。相変わらず乙女のようなリアクションだ。 「おい、どうなってるんだ。ムウは」 「あのっ…昨日の…わたしたちも聞きました。泣きました!」 だからクネクネするなって…そうか、廊下にも聞こえてた…か…。オレ自身もろくに覚えてない会話を赤の他人に集団で聞かれてるって、どんな罰ゲームだよ…。こっちが泣きたいくらいだぜ。 「…で…教皇によればムウは仕置きされてるらしいが。あー…ついでにサガも」 「大丈夫です。我々すっかりアリエス様の虜ですから…」 聞けばサガの目の前でムウを折檻するとかいう一石二鳥式な鬼畜さらしい。 「お命が危なそうなときは、絶対にお止めします!大丈夫です」 「だから何が大丈夫なんだよ…」 …それで安心しろとでも?下手したらサガの悪の人格が復活しそうな非道さだぞ。 「そりゃ…死にやしない…だろうけど…」 ムウは昨日修復を終えたばかり、サガも血を採られたばかり。死にやしないだろうが、本当に大丈夫なのか、それ…。 未練がましく教皇宮をうろついてるとアイオロスに会った。 今の教皇補佐なのだからひょっとしたら嘆願してもらえるかもしれない。オレは藁をもすがる思いで事情を話した。 「うむ…それはかえってすっきりするんじゃないか?おまえだってミロのスカーレットニードルで、気が晴れたろう?」 ななめ上の返事が返ってきた。 「うろたえるな、カノン。ダメだったら、ダメ。大丈夫だったら、大丈夫。そしてきっと大丈夫だ」 そういってアイオロスはさわやかに笑い、去っていった。 そうか…ここ聖域じゃあ、死なないかぎり何の問題にもならないらしい。まあ、たしかにミロは、発狂寸前まで技をかけてくれ、そのあと見事に水に流してくれた。女神すらも。そうか。やはり…そう…なのか!? たしかに…サガとムウのあの様子じゃあ、遅かれ早かれバレるのは時間の問題だった。 しかも女神がお帰りになるまであと数日。多分その日の前には解放されるだろう、ということだったが。 「よお」 聞いたような声に振り向くとキャンサーだった。やつれて目の下にクマを作っている。 こいつもちょうど教皇宮から出てきたところか。 「聞いたぜ、色男。ムウの奴を夜通し泣かしてたよなあ」 「な…何…」 …まさか。 「あ、やっぱり知らないか。ハハッ。そうだよな。夕べはな、隣のよしみでオレまで教皇の部屋に呼ばれて。正座。で、おまえとムウの声がやたらハッキリ聞こえてくんの。壁から。サガは土下座。オレも付き合って土下座よ」 「な……!!」 あれが…サガに…聞かれていた…だと!? オレは恥ずかしさで叫びたくなった。よく覚えてないが、これはサガには言えないと思ったことをべらべらしゃべってしまった感が、非常にする。 「あんた根は善人みたいだが、気をつけろよ。アウェイではな、封の空いた飲み物は飲まない、基本だろ?」 それくらい知ってるが…聖域はホームじゃないのかよ。 ということは、小瓶は回避したがあのワインに…やはり盛られていたか。オレは改めて愕然とする。 「まあ、お前がムウに惚れてんのは良く分かったさ。相手が悪かったな」 言葉も出ない。 「でもなムウはやめておいて正解。あいつとんだ食わせ者だぜ…」 「え…」 「まあ、こっちの話よ」 「そうだ、キャンサー。サガたちは仕置きをされているようなんだが…何か知ってるのか」 「ああ…早々にしょっぴかれてったぞ。サガは。そういやムウの悲鳴が聞こえたかも…な」 「おい!」 「でもよ。別れさせられないだけ、温情だぜ」 …聖域はいったいどうなってるのだ。 「じゃ、行くか」 キャンサーは茫然とするオレの腕をつかむと歩き出した。 「どこに…」 「仕切り直しだよ。サガの悪口大会」 「キャンサー…」 「デスマスク、だよ」 デスマスクは「ちょうど連中が帰ってきててな」と言いつつ、オレを隣の宮に引っ張っていた。双魚宮では目つきの鋭い黒髪の男カプリコーンと、女かと思うくらい華やかな、しかし油断ならない感じのピスケスが待ち構えていた。 オレの顔を見るなり二人は顔を見合わせて笑い出す。聞けばこの三人は長らく兄の悪の人格に仕えていたそうだ。そりゃあオレも興味深く、というか、サガの悪口大会のネタはまったく尽きず、つい楽しくてオレは兄たちの心配も忘れて飲み明かしてしまった。次の日は見事なまでの二日酔い。そして次の日はさすがに心配しようと思っていたのに、戻ってきたミロに誘われてうっかり街に遊びにいってしまった。 * * * それでも3日後。 ムウとサガが解放されたと聞いて、オレは教皇宮にかけつけた。 教皇宮の前庭に、サガが投げ出される。生きてはいる…はずだがだがピクリとも動かない。というか…サガの訓練着、オレのよりボロボロなんだが。何をされたんだ…。まさか…廃人になってるとかいうオチはないよな…オレは遊びほうけてたことを棚に上げ、急に心配になった。 奥から教皇が出てきてオレを見てニヤリと笑うと言った。 「カノンよ…残念な知らせだ」 オレは身を固くする。まさか。 「おまえにジェミニをやるのはしばし先のようだ」 「え…」 「サガ…!」 ムウがよろめきながら走り寄ってきて、サガを抱き起す。それを見咎めもしない教皇。まさか。許された…のか? オレの慌てようをせせら笑いながら教皇は続けた。 「フン、それほど案じたか」 オレは黙って…土下座する。 「わたしを誰だと思っておる。慈悲深い教皇だぞ。心せよ」 それだけいうと教皇は去っていった。 振り向けば、サガとムウは肩を貸し合いながら、階段を降りている。サガがよろめくのをムウが支える。 …オレは…追いかけるのも、声をかけるのもやめた。 「別れさせないだけ温情だぜ」というデスマスクの声が蘇る。サガの小宇宙は疲弊こそしているものの、かつてないほど穏やかだった。 許すばかりが慈悲ではない…か。 オレは教皇の懐深さに素直に心打たれていた。 翌朝。 帰還した女神の拝謁には、オレも大人しく、法衣を着て参上した。 「見違えるようですね」と、やはり美しく武装した女神が微笑む。 教皇も、ムウもサガもまるで何事もなかったように参列している。 黄金らをはじめ、聖闘士は白銀、青銅そして雑兵にいたるまで女神神殿を、教皇宮まで埋め尽くした。どこにこんなに人がいたのかと思うほどの賑わいだ。 春の日差しが聖域に降り注ぐ。 ミロとデスマスクたちが乾杯に誘う。 さんざん飲んだ後だというのに。 酒が美味くてしかたない。 これから兄と、ムウと…この聖闘士らと…ここで生きていくのか。 オレはそれも悪くないと思った。 (終) 戻 企画ページに戻る ****************************************** どうも、ここまでお読みいただき、ありがとうございました。設定がところどころ悉く趣味に走ってすみません。それ以前の問題でカノンがいろいろとすみません。わたしは片思い萌えなので寸止めでしたが、実はその夢が夢でなかった可能性も若干あります。それはお好みでご想像ください。 ムウ様の人格がたまに不穏な感じがするのは、黒サガにいろいろされたという個人的な設定があるからでした。分かりにくくてすみません。 最初は気楽に一作ずつ書いてたのですが、シオンは別格で最強に最強だと思ってるので(ここでは純粋な師弟関係)最終的にこのようなオチになってしまいました。三月、聖域に来たカノンということでひとつ、よろしくお願いします。 今回書いてないですが、サガとムウ様は、復活後、映画のように壮大なBGMを背負いながら見つめ合い激しく惹かれあいながらしかし…を数十回繰り返し、アナザーディメンション的な紆余曲折を経て結ばれたに違いないと思ってます。今回カノンはそういう描写はありませんでしたが、いざ実践では、やんちゃしそうでいて、実はすっごく優しくて、サガのほうがちょっと利己的に走ってアブないんじゃないかと思います。 ええと、書けば書くほどに変態ぶりを披露するようでお恥ずかしいのですが、このような素敵な企画に二度ならず三度も参加させていただけて本当に光栄です。改めましてこの場をお借りして、主催のたると様に心より御礼申し上げます。 2015年10月吉日 油すま吉拝 |
