白蓮


東の空が白く薄められてゆく。
大気はすでに熱を帯び、水の面は茫洋として飴色の空と溶け合うようだ。
ガンジス河流域はヴァラナシ郊外に古い僧院がひっそりと在る。その裏手には
蓮池があり、夏の夜明けを待ちかねるように白い蓮が次々と蕾を開かせている。

その光景を、ひとり池のほとりに佇み、食い入るように眺めている少年がいた。
淡い褐色の肌に金色の髪を腰のあたりまで垂らし、僧形の袈裟をまとっている。
歳の頃は15、6か。やや大人びて見えるのはその整いすぎた面差しゆえだろう。
普段は閉じているその青い眼は開かれ、虚空の一点を凝視している。
その眼に未だ映るものは純白の花弁よりも白い友の肢体だった。



*   *   *


少年の名はシャカといった。生れ落ちてよりブッダの生まれ変わりと崇められ、
仏徒の頂点に立つも幼くしてその地位を捨て、異教の女神に仕える道を得た。
その後、この地で修行を再開したシャカを慕って弟子達が集い、廃墟であった
寺院は僧院となった。シャカが手ずから庵を結んで以来数年、そこでは瞑想と
禁欲と苦行の精進生活が営まれている。

その聖地を騒がせる噂があった。
半月ほど前、北部の山麓に館が出来て、「舞姫」と渾名される少年の霊媒師が、
裕福な王族や徳の高い僧侶達を懇ろにもてなしては肌を許すという。つまりは
娼館である。先日ついにその館のために近くの寺が一つ潰れるに至ったらしい。

常であれば、そのような卑俗な噂には耳を傾けるはずのないシャカであるが、
その少年が人ならぬ紫色の髪をしているという話が、彼の心に留まった。
シャカのかつての友・・・女神の聖域に彼を誘った最初の友であるムウもまた、
野に咲く花のような薄紫の髪をしていた。
数年前、突如として聖域を去り修行地に隠遁したムウとは、それきり会っては
いなかった。そのムウの修行地も同じ北部の山岳地帯であると聞く。
館の少年はともすると彼の縁者かもしれない。
そう思いその夜、館を訪ねたのであった。



館は町外れの高台に、山を背にしてひっそりと建てられていた。
意外なことに周囲には結界が張られている。
聖闘士の任務になるかもしれぬ、とシャカは注意深く自らの小宇宙を封じた。
宴の最中らしく、開け放たれた窓からは客たちの笑いさざめく声が聞こえる。
「くだらん」
シャカは低く呟くと門をくぐった。裸足に粗末な身なりではあったが、召使は
その珍しい客の造作が美しいのを見て驚き、入り口の扉を開いた。

シャカが通された部屋は、ギリシア風唐草の装飾を冠した柱が並び、赤い蛇腹で
囲まれた天井や壁にはレダやダナエ、パシパエらの愛の場面が描かれている。
召使たちは微笑みながら、水差しや硝子瓶や、金属製の姿見、そしていろいろな
料理や飲料を勧めたが、シャカは軽蔑の色を浮かべてそれらを遠ざけた。
宴の樂の音も、焚き染められた香も何もかも煩わしい。
目を閉じ気配を探ると、館の奥でかすかに小宇宙がゆらめいた。

その部屋に踏み込んだシャカは言葉を失った。
暗がりでもつれ合う二つの影がある。男の浅黒い体に組み敷かれているのは
彼のかつての友、ムウその人であった。闇に浮かぶ白い肌、少女のような顔、
独特の眉化粧、何より封じきれずにくすぶる小宇宙は、余人のものではない。
シャカは眼を閉じることも忘れ呆然と立ちすくんだ。

淡い菫色の長い髪が敷布に散り乱れ、ところどころ薄紅に染まった白い肌を、
男の指が無遠慮に這い回る。男の頭が上下するたびムウはうっとりと目を閉じ、
長い睫毛を震わせ、黒髪に深く指を滑り込ませた。シャカに気付いた男は
「客人だ。舞うがいい」
と言うとムウの体を翻し、脚を抱え上げた。男の下で甘い叫びをあげながら
崩れ折れる刹那、ムウの瞳がちらりとシャカを捉えた。
シャカの背筋に凍るような衝撃が走った。しかし渇いた舌は容易に動かない。
瞬く間に、耳をふさぎたくなるほど淫猥な嬌声が閨房に溢れだし、気が付くと
シャカは館を飛び出していた。




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