喪失 ******************** もっと早く気が付けばよかった。 …今は何を言っても遅い。 春の日差しは残酷なほど明るくて。 失われたものの影だけを照らし出す。 その日、シオン様はいつになく厳しい顔をしていた。 僕はいつもどおりにその足元に跪く。 「ひとつだけ尋ねる」 「はい」 「お前に好いた男はいるか」 「え……?」 一瞬だけシャカの顔がよぎった。 でも…シャカが勝手に好きだ何だの言ってるだけで 僕は別に… 「おりません」 「よし。では身を清めてからわたしの寝室に来い」 沐浴自体は珍しいことではない。 シオン様も作品の仕上げには潔斎して工房に篭ることがある。 でも…なぜ寝室に? 僕は体の水気を拭くと用意された白生地の着物に着替えた。 「参りました」 寝室には白い夜着のシオン様。 僕もさすがにそれがどういうことかは…知れた。でも…でもまさか。 「来い」 シオン様は僕の帯に手をかけた。 「シオン様何を…」 震える僕にシオン様は口付けをすると言った。 「シオンと呼べ」 大きな手が僕の肌をすべり下腹部へ… 「おやめください・・!」 「逆らうな」 それは命令だった。 「お前と契る」 嫌な予感が当たった。でもどうして?シオン様…どうしてこんな… 「一子相伝・・といいたいところだが我々は他とは違う」 シオンは僕の眉を撫でた。 「わたしが師からこの手ほどきをうけたのは15の頃だった。 お前には3年の猶予をやったのだ。…お前が縁を切るというなら、 私は無理強いはしない」 逆らえるはずなどなかった。 あなたに出会えたから生きてこられたような僕なのだ。 …でも 怖かった。 「あ…」 震えが止まらない僕を抱き寄せると シオンはその口調に似合わない優しい手つきで でも迷うことなく僕の体を奪った。 シオンが動くたびに、僕の中で何かが壊れ、失われてゆくような気がした。 シャカ…僕は…僕はもう… 君に会えない体になってしまったみたいだよ。 僕は何よりもそれが悲しかった。 …せめて最初の口付けが君がでよかった… 「何を泣く」 「いいえ」 「あのシャカという小僧をお前は…」 「分かりません」 「…何も知らぬうちに奪ってしまえばよかったか…」 「シオン…あなたのせいではないのです。僕が…僕が馬鹿でした」 そう…僕はシオン様に何もかも捧げたのだから。 ああ…でも。 体よりも心が痛い。 僕はもう遠くなった夏の日を思い出す。 あの時は…わけもわからず川に飛び込んでしまったけど 何度もシオンを受け入れながら僕は 本当に死んでしまいたいと思った。 未明。 地獄のような夜が明ける。 僕を見下ろすシオンの手に黄金の短剣が握られている。 僕を殺してくれるのかと思ったけど違った。 シオンはそれで自らの手首を切ると杯をその血をで満たした。 僕は促されるままにそれを飲む。 するとどうしたことだろう 体が熱くなって血が逆流するかのように激しく脈打ちはじめた。 シオンは青銅の金属片を差し出すと 「お前の血をかけてみよ」 と言った。 するとわずかに傷つけた指先からの滴だけで その青銅色が虹色に輝きだした。 「分かると思うが、私が作っているのは芸術作品などではない。 神に献じられた衣なのだ。そして我々は代々それを守ってきた。」 分かった…それは分かったけど…シオン シオン…どうしようもなく体が熱い 僕はどうしちゃったんだろう 僕はシオンにすがりついた。 そして…繰り返しシオンを求めた。 窓から山の端がくっきりと見える。 夜明けだった。 シオンは僕を抱きよせて言った。 「これでお前の体は少しずつ変わる…これで…」 シオンはそう言うとがくりと膝を落とした。 いつも何があっても顔色ひとつ変えないシオンが 明らかに苦しんでいた。 「シオン…!!」 「無駄だ。」 人を呼ぼうとする僕をシオンは止めると言った。 「寿命だ。私はいつ死んでも不思議ではない体なのだ」 僕はシオンが何百年も生きているという話を思い出した。 冗談だと思っていたのにまさか…! 「お前が無事に育ってくれた。何も思い残すことはない」 「シオン…シオン!!嫌だ…僕を置いていかないで…!」 僕を抱く手に一瞬力が込められたと思った瞬間。 信じられないことだけど 朝の光の中でシオンの体は塵になって消えてしまった。 僕は鏡を見た。 顔つきも…体も明らかに違う。 瞳の色が濃くなって…腰のあたりが少しだけ丸くなった。 まるでシオンが…僕の中にいるみたいだ。 もう、僕は僕じゃない。 わたし…とつぶやいてみた。 金属が思いのままに曲がる。 これがシオンの力。 流れてゆく時間が手にとるように見える。 …これがシオンの孤独。 迷いはなかった。 ただ… …シャカ もう、君には会えないな 運命を受け入れるとはきっとそういうことだ 悲しくなどはない… その証拠に もう涙など一滴も出ない。 ******************** back Topへ戻る | |