*           

用事とは、つまるところ、どこぞの国にある教皇様の私物をとってこいとのことだった。そんなことなら雑兵にでもやらせればいいのに、何でまたこの面子なんだ。
教皇の間から帰る途中、アフロディーテも当初はこの仕事をする予定だったと聞いた。
「彼の薔薇に虫が出始めて、手が離せないそうです」
「アフロディーテのやつ、逃げやがったな」
「どうでしょうね」
「あの薔薇に虫なんてつくわけないだろ」
「命知らずな虫もいるのかもしれませんよ」
「…恐れながら、シオン様の悪意、いや作為を感じるな」
「全く同感です」
俺は心底わが身の不運を呪った。  

                   *

降り立った土地は地平線まで赤茶けた土が続く、砂漠のような所だった。遠くに巨大な塊のような山が見える。聖域を出たのは昼頃だったが、この国はまだ夜明け前だ。
辺りに人影はない。
「なんて書いてあるんだ」
教皇の勅書に二人して目を通す。相変わらず達筆すぎて俺には分からん。
「山を降りたところに銀行があって、その地下に隠し金庫があるらしいのです」
「隠し金庫?いったい何が?」
「三代前の教皇が当地の教会に納めた布だそうです」
「おい、布切れのために黄金聖闘士二人が出張っているのか?」
「金庫の鍵を開け、黙って静かにもってくるようにとのことです。」
「…それは盗むって言わないか」
「そうかもしれません」
少し慌てろよ。教皇も教皇なら弟子も弟子だ。
「面倒が起こらないように我々を選ばれたのでしょうね」
確かにこいつ一人でも用は足りるはずだが、目立って仕方ないだろう。 「金庫の鍵が金属であれば、絶対に気付かれないようにそれを開けて、のち修復することは可能です。が、しかし…」
「しかし、なんだよ」
「私は銀行という所に行ったことはないのですよ。現金も持ち合わせていませんし、そのあたりよろしくお願いしますね」
「……」
俺は泣きたいような気持ちだった。   

                   *
  
なんだここは。歩けども、歩けども、銀行どころか、建物すら見えてこねえ。低い草の生えた地面を、時折犬らしき動物が、横切って行く。
いったいどこに連れていかれるんだよ。
ムウは辺りの様子を珍しそうに見ながらのんびり歩いている。遠くに僅かながら人の気配。聖衣を着てこなくて正解だ。しかし…寒い。
「とりあえずあの不思議な形をした山に登ってみましょう」
…朝飯抜きで山登りかよ。お前何がそんなに楽しい。なんでこいつはこんなにご機嫌なんだよ。

山はそれ自体が巨大な岩の塊のようだった。向かいの尾根に人影が見える。山道があるらしかったが、人目を避けて俺たちは急な斜面を選んだ。山育ちのムウは飛ぶように登っていきやがった。くそ・・。
頂上についた瞬間、地平線から太陽の光がこの巨塊を照らした。すると今まで赤黒かったこの岩が輝くような赤沙色に変わっていった。
「まるで磨き上げられた赤銅のようですね」
「壮観だな」
丘陵の上から光は四方に広がり、地平線が浮かび上がってゆく。
見事な日の出だった。
光に目を細めているムウの顔やら髪やらが朱色に染まり、こいつの非凡な外観をさらに人ならぬものに見せていた。
ギリシアの夕焼けにも劣らぬ絶景。
「このまま光に…吸いこまれそうだな」
我ながら馬鹿なことを言ったとは思うが。
「吸いこまれたいなら、どうぞ。私は仕事があるので先に失礼しなくてはなりませんが」
なんてぇ愛想のない奴だ。俺は舌打ちをして下を眺めた。日の出を合図に麓には人が多く出てきている。観光客か。
俺たちは太陽を背にし、ほど遠い草原にテレポートした。その拍子に傍らの動物の群れが動き出した。後ろ足で豪快に跳ねながら移動するこいつらは確か…
「こいつらは…あれか」
「有袋類ですね。見たのは初めてです」
「まさかと思ったがオーストラリアかここは」
思いきり妙なところに連れて来やがって。
「銀行どこだよ」
「変ですねえ・・」
ぐるり四方を見渡しても建物の影すらない。
「おい、ホント〜にここなのか?」
と歩くと何か靴先に触れた。生き物の感触。
つまみあげるとそれはネズミとコアラと猫を足して割ったようないんちきくさい動物で、何やら怪我しているようだった。
「群れからはぐれたのでしょう」
「……まだ生きてんな」
「デスマスク。野生動物に手出しはなりません」
「ほうっておけってのか」
「自然の摂理です」
「死ぬぞこいつ」
「やむをえないでしょう」
理屈はわかるが眉一つ動かさないぜ、この野郎。
「そいつはちったあ…可哀相だろうが・・.」
「…は?」
「可哀相だっていったんだよ!」
ムウは大きな瞳をこれ以上ないというくらいにまん丸にしていた。
何だよ、そんなに心外かよ。
ムウはしげしげと俺を眺めている。
「あなたにそんな感情があるとは…驚きですね」
「お前に言われたかないぜ」
くそ、こんなときだけホントに驚いたような顔しやがって。
「腐った人間どもは嫌いだが、こいつらに罪はねえだろ」
そういうと俺はその猫モドキの手当てをしてやった。  
 
                   *


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