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宮に戻る途中、月明かりに照らされた同僚の顔をちらと見ると、少し目が赤く腫れていた。
さっきの涙が思い出され、俺は思い切って言ってみた。
「ムウ。何があるのか知らないが、一人で抱え込むなよ。」
「・・・あなたにこれ以上迷惑はかけられない」
そういって力なく微笑むムウ。
「何を言うムウ。もし俺にできることがあったら何でも言ってくれ。俺は…俺はお前の力になりたいんだ。」
「アルデバラン・・・」

しばらくムウは俺の顔を見ていた。そしてふと、思いついたように言った。
「なんでも?」
「ああ、なんでも。男に二言はない」
「では笑ってください。」
「え、な・・何?」
「私はあなたの笑顔が好きなんです」
「こうか。」
俺は全力で必死の笑顔を作った。
確実にアホ面をさらしているのは分かっているが、ムウが喜ぶなら安いものだ。ムウが嬉しそうに笑っているのをみて、俺のひきつった笑いもだんだん自然になってきた。

「フフフ・・・では目を閉じて。」
俺は素直に目を閉じた。
すると再び、ムウの柔らかい唇を感じた。それはゆっくりと俺の唇に重なる。
・・・おやすみなさいのキスにしてはやけに長く、ムウの舌が俺の唇を割って、鼻呼吸もままならない俺の口内に侵入した。

よく気絶しなかったものである。
俺は自分が理性を失いかけているのを感じて、ムウを遮った。
「ムウ・・お前!」
フフ・・と微笑んだ顔はさびしげであったが、うつむき加減のまなざしがやけに妖艶で、俺は怪しい気持に支配されかけ、思わずムウから目をそらした。

「嘘をつきました」
「え」
「私が好きなのはあなたの笑顔ではありません」
「?」
「あなたです。」
俺を見つめるムウの瞳が真剣だ。冗談やからかいではないことが分かる。俺はなんといっていいか分からなかった。口の中がカラカラに乾く。必死に声を絞り出そうとする。俺もお前が好きだと・・・

しかしそれを待たず、次の瞬間、ムウの笑顔は消えた。
「だからあなたはこれ以上私に関わらないほうがいい」
「な・・・何」
幸せの絶頂から奈落に落とされたような気がして、俺は声がうわずった。
「何を言うんだムウ!どうして・・・!」
「お願いですから・・訊かないでください。」

そこでようやく俺は自分の言った言葉を理解した。
本当にムウのためを思うなら、黙って見守ってやればよかったのだ。力になるといってムウの個人的な問題に土足で押し入ってしまった。それも結局は自分が心安らかになりたかったからだろう。
「ムウ。俺は・・・」
「お願い・・あなたには・・・知られたくはないのです」
ムウはこんなときでさえ、俺に笑ってみせた。
泣きそうなムウの笑顔を見ていると、ふと、それがもしかすると偽りなのではないかという考えが俺の頭をよぎった。本当のムウは助けて欲しいと、泣いているような気がした。
「頼む・・・」
俺はムウを抱き寄せた。
「そんな顔で笑わないでくれ」
ムウは抵抗しなかった。しばらく俺の腕の中でじっとしていた。

ふと、ムウが呟いた。
「13年もの間・・なぜ私が生かされていたのか。それを考えたことがありますか?」
やはりサガのことか。俺は自分の悪い予感が当たったことを知って苦い思いが広がった。
「・・・忘れてしまいたいことばかりです。」
ムウが小さく震えたのを感じて俺は思わず声を荒げてしまう。
「では忘れてしまえ!終わったことだろう?」
「・・・いいえ、終わってなどいません。」
低い声でムウは答えたムウは苦しげだった。
「私の体のなかにまだあの男がいるのです」
きらりと輝くムウの瞳は怪しい光を帯びる。
「忘れさせてくれますか・・・?」


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