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気付いた時には、俺は自分の部屋で寝ていた。起き上がろうとすると耳の奥に激痛が走る。
ああ、そうだ、俺は海将軍ソレントとの戦いで破れかけ、女神に命じられるままに聖域に戻ってきたのだ。耳を覆ってぐるりと清潔な包帯が巻かれている。
おそらくムウにも、不様な姿をさらした。そう思うと死にたいような思いにかられたが、命があるからには今からでも戦いに行かねばならぬ。

「気が付いたのですね。」
ムウが寝室に入ってきた。
「アテナは」
ムウは一瞬沈黙したが、言った。
「星矢たちが必ず助けてくれるでしょう。われわれはそれを信じて待つしかありません。」
ムウは床に膝をつき、ベッドから身を起こそうとした俺を制し、そのまま両手を耳の部分に回した。
「私は表面の傷を治しておきます。あとは、ほおっておいても治るでしょう。」
女神のものとはまた違う、温かな小宇宙が流れ込んでくるのが分かる。
「戦局は予断を許しません。私もこれが済んだらすぐに戻ります。」
そういいながらもムウの目はうっすらと涙が浮かんでいる。
俺の頭の中にムウの声が伝わってくる。
「あなたが生きていてくれてうれしい」
と。
こんなふうに小宇宙を交換しているときに嘘などつけないのだった。
俺も何も言わずにその身を任せた。
ひとときの安らぎの時間。
これが永遠に続けばよいと願った。


かすかな地鳴り、それとともに女神の小宇宙が大きく揺らいでいるのを感じて俺は目を覚ました。大分痛みは退いている。
よし、起きられる。マスクを取り返すついでに、海闘士共を片付けてきてやる…俺は聖衣をまとって外に出た。
白羊宮の玄関に、黄金聖闘士全員が揃っていた。
正確にはムウに止められて、十二宮の外に出られないのだった。

「なぜ止めるんだムウ!」
「老師の命令です。動いてはなりません。」
「そんな理不尽な命令が聞けるか」
ムウとアイオリアとの会話で俺達黄金聖闘士はここを離れてはならないという命令が下ったらしいことを知った。俺とミロとシャカは二人を見守っている。

「星矢たちや女神が死ぬぞ。」
「分かっています」
「分かってないだろう!」
いつになく不毛な会話だった。しかしアイオリアも苛立ちをどうしていいか分からないのだろう。
「あの小僧だって生きては戻らんぞ。」
「あの子が望んだことです。」
そういえば貴鬼の姿が見えない。
まさか、と驚く俺にシャカが言った。
「貴鬼がライブラの聖衣を運んでいるようだ。」
なんと。俺はムウが、厳しいながら、まるで我が子のようにあの弟子を可愛がっていたことを知っている。
「なんということだ…」
この戦いはどうなっているのだ。

依然としてアイオリアの追求は止まない。
星矢たちの小宇宙は次第に小さくなってゆく。それは俺達にも痛いほど分かっていた。
老師に逆らわない、というムウは、正しい。しかし、その正しさを通すことがどれだけ苦しいことか。
俺はムウを呆然と見つめた。
「死んでもらうつもりだったのかもしれません」
といったムウはその大きな瞳に涙を浮かべた。
胸がしめつけられるほど、美しい涙だった。
さすがのアイオリアも一瞬ひるんだようだった。

しかし。死んでもらうつもりだとは一体どういうことなのだ。
俺やミロらが尋ねても老師が何を考えているか、分かるわけがなかった。
「けっして動いてはいけないという老師のお言葉です。あなたは 老師が何の考えもなくそのようなことを仰ると思いますか?」
「知らん。だが、もはや、一刻を争うというのに、そんな命令になどに従えるか。」
「どうしても動くというならあなたを誅殺しなければなりません」
ムウは本気のようだった。俺達が慌てて止めた。
しかし一番驚いたのは当のアイオリアだったろう。

皆本当にどうしていいか分からなかった。
そこにいる誰もが待つことに焦燥し、疲弊していた。
そのとき、人馬宮から流星が飛び立った。アイオロスの意思が、聖衣とともに加勢をしにいったのだ。しばらくすると続いて宝瓶宮からも。
地鳴りは次第に頻繁になり、星矢たちの小宇宙が燃えあがるのを感じた。それと共に覚醒する強大なポセイドンの小宇宙。
しかしそれをさらに凌ぐかのような勢いで燃える少年達の命の小宇宙を感じる。

やはり彼らが俺達の後継者なのだと。俺はその思いを強くした。
彼らは神に近い男であろうと、神のような男であろうと、神そのものであろうと、畏れず全力でぶつかってゆくのだ。彼らは、俺達にないもの、もしくはかつてあったがもう失われてしまったものを持っている。

女神の小宇宙が蘇り、見る間にポセイドンを圧倒してゆく。

終わった。
雨雲は東の空から晴れてゆき、しばらくぶりの太陽の光が聖域の俺達の上にも落ちた。
女神を守る少年達もすぐに戻ってくることだろう。

「俺達・・また死にそびれたな」
ミロが呟く。
「なに、まだ機会はあるさ」
そんな笑えない冗談を言って俺達は笑いあったが、お互い感じていることは同じなのかもしれなかった。安堵しながら俺も、やはり戦いたかった。

黄金聖衣が空を駆けて戻ってくる。
無論俺のマスクも。
その角はまだ折れたままだった。
包帯を取り、さっそくそれを被る俺を見て、ムウは微笑んだようだった。


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