Let It Bleed




「ややこしいことはナシにしようぜ」

そういって器用に口の片端をあげて笑う男の笑みを、
一瞬でも信じたのが間違いだった。

ムウは早くも逃げ去る算段をしていた。
・・・遊ぶには楽しいけれどこの男はいけない。


しかし体は腰からしっかりと繋げられて、
身動きひとつできない。


「これでアンタレスだ・・・動くなよ」
動けない理由は他でもないこの男の責めである。


ムウの白く柔らかな肌には点々と微小な針の跡が散らばっていた。
出血をしない程度の深さまで注意深く打ちこまれたそれらは、
うっ血のために真紅から紫へと変わりつつある。
人を苦痛で狂わせる蠍の毒針もその量を控えれば
しびれるような感覚をもたらす。


すでにムウは言葉を発することはできず、ただ浅く呼吸を繰り返すだけであった。
舌先までが麻痺し、口が閉じられずに、唾液がこぼれている。
息を吸い込むのにも胸が苦しい。
一歩間違えば、命を落としかねない傷であることは容易に知れた。
・・・本当にギリギリのところを打っているのだこの男は。
酔狂にもほどがある。

しかし自分に跨りながらもミロの正確無比なその針は違うことがなく、
深く深くその皮膚に、血肉に、神経に浸透していく。
打たれるたびに、火花が飛び電流が走ったかのような鋭い痛みが走り、
ムウの体が反る。

今や、もはやのたうち回るような激痛はなくなっていた。
体の自由を奪われているうちにいつのまにか侵入を許してしまった
ミロ自身からもたらされている圧迫感のためか、
痛みは熱となり針の跡から体の芯まで絶えず流れ込んでくる。
苦痛と、胸が締め付けられるような掻痒感とが全身を駆け巡る。

さすが中枢神経を狂わせる、毒である。

ほとんど人事不省に陥っているムウを正気づかせるために
ミロはムウの中心を弄んでは腰を動かし、悲鳴をあげさせていた。

赤く伸ばされた爪の先で針の跡をなぞられると、
それらからは骨の髄にまで響くかのような強烈な感覚が生まれる。
あまりの苦痛に神経が麻痺してしまったのだろうか。
激痛ですらもはや小気良いほどに快く響くようだった。

・・・これほどの苦痛を、このように感じるということは
自分はよほど餓えていたということなのだろうか。
分からない。
いずれにせよこの状況をこの男は楽しんでいるに違いない・・・

とどめの一撃を前にした男に、ちらと視線を送ると、
ミロがゴクリと唾を飲んだのが分かった。
何か彼の気をそそるようなことをしたようだった。構うものか。
ムウにはもはや相手の心中を慮る余裕などなかった。


興奮状態にあるらしいミロは「一緒に・・」などと呟きながら腰を動かしてくる。
そしてこの手癖が悪い男はまた自分の器官を
痛いほど掴んではなぶる。

ミロの様子から解放が近いことを悟ったそのとき、
あまりにもあっけなく、アンタレスが放たれた。
「ぐっ・・・」
自分のものではないような低い声が漏れる。

・・・ミロが果てたのを感じた。
解放されたと同時に目の前が暗くなり、
何の脈絡もない映像が脳裏に映る。
体が浮揚している感覚があるのに、息ができない。

・・・落ちる・・・





*   *   *




頬を叩かれて気が付いた。
「おい、生きてるか?」
「死ぬかと思いました。・・・あなたいつもこんな真似をしているのですか?」
「まさか!こんなこと可哀想でできるわけないだろ。」

「私は可哀想でないと・・」と言い返す気力もなく、ムウはため息をつく。
そんなムウを尻目に「一度やってみたかったんだよな」とミロは浮かれ気味だ。

「ひどくされるのがイイんだろ。お前変わってるよな。」
「いつ誰がそんなことを言いました?」
「そんなの見てりゃ分かるよ」
「・・・・あなたこそサディスティックにもほどがある」
「楽しいくせに」
「・・・いいかげんにしてください」

笑いをうかべながらもムウは「やはりこの男はいけない」 と思った。

単純すぎるのだ。

子供のようなのだ。

せめてわずかでも心根の腐った男なら良かったのに。

我々は、お互いをむさぼって飽いたら捨てる。
いつかその日が遠からず来る。

なるべくなら傷は浅いほうが良かった。


最初はこんな筈ではなかったのだ。
戦いの前に一度だけ、互いを哀れむように体を重ねた。
そのときは目の前に死という終わりがあったから
何の迷いもなかった。

ミロは、なにもかも投げ出していた。
命すらも彼にとっては鬱陶しいようだった。
「やってらんねえ・・・・なあ・・・俺・・・もう生きてるのが嫌になっちゃったんだよ。」
ミロはうわごとのよう言うと乾いた笑いをたてた。
絶望が時に人を笑わせるということを身をもって知っていたムウは そんな弱音を叱り飛ばすこともできず、子供のようにすがる彼を、抱き寄せたに過ぎなかった。


それが、どこをどう間違ったのか、こんなことになってしまった。

我々にはまた、終わりの日が来る。
だがそれがなんだというのだ。

終わってしまえば何もかも無かったことになる。
たとえどれほど愛していたとしてもすべてが無に帰るのだから
愛なんてたいして意味がない。
思い煩うだけ時間の無駄だ。

それなのになぜこんなに面倒なことになっているのだろうか。

たとえばそれは彼の習慣なのかもしれないが
ベッドに自分の寝る場所が空いていたり
敷布をかけてくれたりしていることに気が付くと
どうしていいか分からなくなる。
・・・苦痛に、快楽におぼれているだけのほうが
まだ心が軽い。

ミロの、おそらく理由もないだろう微笑み、
気まぐれな仕草にあきれながらも
その単純さに翻弄される自分がたまらなく嫌だった。


「・・・困りましたね」
「は?」
「十分ややこしくなってますよ」
「何が?」


・・・ああ。
「今度はやさしくするからさ」などと
能天気なことを言いながら自分を押したおしてくる腕の温かさに、
その笑みに、抗える強さがあったなら。




*   *   *



ムウver.終わり

Next(ミロver.)