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妄 -los disparates- 無明 -plologus- (先代教皇と乙女座の黄金聖闘士) * * * 「っ・…あっ…」 耐え切れず濡れた声が闇の静寂を破った。 その声のあまりの高さに思わず身を堅くすると 背後の男がさも愉快という風にクッと喉を鳴らした。 四肢はすでに堅く押さえ込まれ、身じろぎすら許されない。 たくし上げられた濃紺の衣から白い脚が付け根まで晒されている。 長い睫毛に彩られた貴石のような瞳は輝きを失い、 ただ屈辱とも怒りとも知れない涙に濡れそぼつ。 「…う…」 首筋を強く吸われ、乾いた音をたてて薄紫の髪が舞い 幾筋か濡れた頬に張り付く。 身を捩ると男の細く冷たい指がさらに深く埋めこまれ 金属の堅さに遠のいていた理性が引き戻される。 綻んだ口唇に指を差し込まれ声を立てることも出来ないまま 桜色が濡れてゆく。 * * * …先程から自分の内部を蹂躙しているかつての同僚、 今や配下に座す乙女座の黄金聖闘士は、 なにもかも、知っているかのようだった。 愛を交した師をいまだ忘れられないでいることも 長ずるにつれその面影を濃くする弟子のシオンに戸惑いを覚えていることも。 すべて知ったうえで、ひとかけらの情もなく、 欲望のままに男はこの身を…この体だけを、貪り尽くす。 女神の膝元、教皇の玉座の前でかくも不埒な行為に及ぶのも それを最も自分が嫌悪することと知ってに他ならない。 無論、体ならすでに爪の先まで知り尽くされている。 どれほど力を尽くして抗おうと扱いなれた楽器を奏でるかのように、 その指は平然と動き続ける。 そして、戯れですら、捨てたはずの聖闘士の名を呼ばれると 反射的に熱を帯びるこの身が…何よりも耐えがたく、口惜しい。 …あのとき、この男の言葉を信じ一瞬でも心を許したのが間違いだった。 散々ほしいままに奪ってから、彼は言った。 「どうかね?友と思っていた男に犯される気分は」 身分も誇りもなにもかも捨てて縋った手を冷笑のもとに振り払われて わたしはそのとき、師ばかりか、たったひとりの友も失ったことを知った。 以来、わたしを苦しめるためだけにこの男は閨に忍び 拒む気力も無くした身を弄ばれるうちに 凍りつく心とは裏腹に体はすっかり飼いならされてしまった… 顎を捕まれ後ろから唇を奪われ、思考が引き戻される。 法衣の薄い布越しに感じるのは紛れもない乙女座の聖衣。 …やはり、やはり許せない。聖衣を纏ったままこのような…! 苦痛に耐えながら睨むと、マスクと長い金髪に半ば隠れた目元は やはり笑みを浮かべたままだった。 …神に近いということは、それだけ残酷なのだよと、 今にもその声が聞こえるかのようだ。 …せめてこの苦役が早く終わるようにと、わたしは目を閉じた。 * * * 「教皇…あなたは何もご存じではない… いくらわたしを睨んだところでその愛らしい瞳では 意味がないどころかまったくの逆効果だということを」 …いったい…このような低俗な煽り文句に どれだけ必死で抵抗したら、君は気が済むのだね…。 君は知る由もないだろう。 仏陀の生まれ代わりと呼ばれ その徳三界を照らすとたたえられた私が 悪鬼と化した理由など。 君のその切れ切れに零れる声は天上の楽の音に等しく 絹よりも白くすべらかな肌に浮かぶ甘露。 抗えば抗うほど、涙すれば涙するほど その肌に深く爪を立て 白い喉笛を喰らいたくなる。 わたしには全て識れているのだ。 その身に深く刻んだ快楽が次々と花を開かせ 今も屠られる獣のように背後から突かれながら、 欲望が刻々とせりあがっているさまも。 この指先をいま少し深く差し伸べれば その睨む瞳があえなく落ちることも。 凡て掌の上の珠を巡らすごとく…。 「何を望む」と 君はまだそんなことを尋ねるのかね。 もとより征戎は我が事にあらず… …わたしが真に望むものを 君が知ることはないだろう。 * * * 吐息の白い熱が教皇宮の高い天井に昇っては消え 揺れる燭台の光が重なった影を長く映し出す。 呼吸が限界まで浅くなった刹那、唇が解放された。 「や…めろ…バルゴ…!…っあ」 「この後に及んで命令するのかね」 だがその執拗な追及の手が容赦することはない。 「あっ…あ…駄目……」 逃れようと必死に身を捩ったことでさらに露わになった白い脚が 二度三度大きく痙攣した。足指の先が細かく震え、 事態が切迫していることが知れる。 乙女座はそれら全てをさも楽しそうに眺めながら訊いた。 「許しを請いたまえ」 「断る…あああっ」 体の芯を揺すられ思わず声が裏返る。 遮る腕にはすでに何の力も入ってはいない。 「頼…む…止め…っ…シャカ…!」 「…ようやくわたしの名を呼んだな」 その声音の柔らかさに安堵した刹那、指を突き立てられ、 白い飛沫が緋色の絨毯に散った。 声にならない嗚咽とともに崩れ落ちる教皇を打ち捨てて 乙女座はきびすを返す。 「ではまた……ムウ」 去り際の声は穏やかだ。 その名を、そんなふうに呼んでいいはずがない。 沸き起こる胸苦しさを打ち消すかのように教皇は唇を噛んだ。 * * * next topへ戻る |