教皇と弟子 -actus I-
  

*   *   *





大理石の沐浴槽に藤色の長い髪が花のように広がる。


身を切るような水が熱の抜けない体に心地よい。
教皇は貝殻を模した円形の注ぎ口に両手を乗せ額をつけると
「わたしの罪をお許しください」と数度唱えた。


それは儀礼の言葉であるのだが、
いったいどれほど己の罪は深いのだろうと教皇は声もなく泣いた。


教皇制こそキリスト式のそれに倣ってはいるが
女神をいただく聖域での道義的な禁忌は数少ない。
その主なものが私闘と…師弟以上の関係での交わりである。
古代ギリシアから連綿と受け継がれてる風習は男同士、
ことに少年と成人での関係は珍しいことではないばかりか
むしろ女人禁制のこの地では常となっている。
教皇にとってもそれは同じことで、禁ずるかどうかは
各代ごとに任されていた。


己の女神は寛容であった。
しかし、いやしくも神につかえる以上、ひたすら祈り、
瞑想し、職務にはげみ、信義を磨くべきだという思いを
教皇は捨てることができない。
自らに鞭打ち懺悔を許されるほうがいっそ心安かったであろう。
乙女座とのことも、亡き師とのことも…
師が年若くして戦いに倒れたことは
もはや自分への神の罰であったのではないかとすら思えてくる。


体をいくら芯まで冷やしても流れる涙の熱を奪えぬように
おそらくこの身が清められることなどないのだろう。


ざばり…と音をたてて白い体を翻し、教皇は闇を歩いた。
外気は冷たく、体からは湯気が立つ。
大理石の床の縞模様を水滴で濃くしながら、浴室を出た。



見ると柱の裏に人影がある。
「シオン…」
彼の弟子であった。
「付きの者達は下がらせました。」
今日はシオンと食事をともにする約束であったと、教皇は思い出した。
おそらくいつまでたっても現れぬ師に痺れを切らし、ここで待っていたのだろう。
「おみ足を」
差し出された片足をシオンは両膝をついたまま亜麻布で丹念に拭う。
左脚そして右腕…。長い髪の水滴に何枚もの布が費やされる。
「もうよいでしょう…」
冷え切った体にシオンの手がやけに熱く感じられ
思わず足に香油を塗り始めた弟子を制した。
「片足だけというわけにもまいりません」
シオンはもう片方の足の甲にも口付けをすると
両の手でくるぶしから足指に油を滑らせた。
上質な没薬の香りが鼻腔をつく。
教皇はこの儀式にはいつまでも慣れることができなかった。
ゾクリとした感覚が沸き起こるのをいつもそれとなくやり過ごしていたが、
シオンの前で師としての態度を崩すわけにはゆかず、身を堅くして耐えた。



「待たせましたね」
「料理人がしびれを切らしております」
「料理人?」
「今日のために水瓶座が料理人を寄越してくれたのです」
「そうでしたか…」
白い法衣に着替えた師を導き、広間に入るとすでに
テーブルには一式の銀器が並べられていた。



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