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* * * それから、サガとムウが「会う」ことはなかった。 二人の関係は一部をのぞいて隠されていたから、表向きは何も変わらない。 ただ、カノンだけは足しげく通ってきては好き勝手にムウを奪っていた。 「何もかもおまえのせいだ」と言われながら抱かれるのは何度目であろうとも気が狂いそうになった。 「オレが憎いくせに、抱かれて悦ぶなんて最低だな」などと、カノンはムウの僅かに残る矜持までも器用に砕いてゆく。 それでいて「自分より最低な男がいて、安心したろ」などとうそぶく。 手綱を緩めては、さらに手酷く責めたて突き落とす。それがならず者のやり方だなどといいながら。 そんなカノンは、当たり前のようにサガに、そして、あろうことか時折あのサガに似て見えた。 それを知ってか知らずか、ムウがたまらずサガの名を口走ってしまったときはひどく打擲された。「兄を汚すな」と。 無理もあるまい。カノンはムウが憎い。憎くてたまらないのだ。 しかしそのくせムウの様子には敏感で、行為の最中、顔を見るよう何度言われたか知れない。 「目をそらすな」と神経質なほど厳しく叱する、そんなところまでもカノンはあの男に似ていた。 カノンの横暴は耐えがたかった。だが自分自身はもっと許すことなどできない。 心も体も限界まで痛めつけられ、気が狂いそうなのに、その苦痛でしか埋まらないものが、…少しだけ充たされる。力で抗うこともできたはずだが、ムウは拒むことさえも忘れたかのようにカノンの蹂躙に耐えていた。 そのような関係となって半年ほど。 教皇宮の執務室で偶然にもサガと鉢合わせた。斜向かいに座り、挨拶だけ交わし作業に専念していたが、休憩時間に書類の束を置こうとして伸ばした指が触れた。 「失礼しました」 「いや、わたしこそ」 驚いたことに、こちらを見るサガの瞳はかつてなく穏やかだった。 ムウは思わず目を伏せた。 しばらくの沈黙の後、おもむろにサガは切り出した。 「…おまえたちはうまくいっているらしいな」 「え…?」 …おまえたち、とは?固まるムウをよそにサガは続ける。 「カノンは口も態度も悪ければ、救い難いほど頭も悪い。だが、本当におまえを愛している。…わたしにはわかるのだ」 …わけがわからない。 どうしてそうなるのだ。 カノンはどんなデタラメを吹き込んのだろう。 用心深いサガだが身内の言葉には一周回って意外なほど信じやすいのは知っていた。 しかしそれにしてもこれはいったい…。 サガは大きく息を吐くとしみじみと言った。 「…ようやくおまえを苦しみから解放してやれた。それだけが今のわたしの生きる支えだ」 ムウを見つめるサガの瞳にはかつてのような苦悩は見えなかったが、ほの暗い欲望の熱もなかった。 「…そう…ですか」 平静を装い、やっとの思いでその場を離れたムウは、隣の小部屋で堪えきれずに泣いた。 やはり自分はサガを愛しているという気持ちと、やはりサガを苦しめていたのは自分だったという事実に、涙が止まらない。 今はサガの穏やかさだけが救いだった。 生きていてくれさえすれば、どんなことも耐えられる、しかしそう思いなおそうとするそばから、サガに触れた指先が耐え難いほどに切なく思われ、その熱にムウは低く呻いて崩れ落ちた。 これではいけない。ムウは必死で意識を身体から離し思考を切り替えようとした。 そうだ、サガの言葉、よりによってわたしとカノンが何だと…? 「…嘘さ」 「カノン!」 どこから現れたのか。 カノンは音もなく扉の前に立っていた。今日の執務を知っていたのか。ここに来たということは隣の、サガの前を横切ってきたということだ。 「サガに…今度は何を言ったのですか?言うに事欠いてわたしとあなたが」 「全部嘘に決まってるだろ……そこの壁に両手をつけ」 「な…」 意図を察したムウの顔がさっと羞恥に染まる。 隣ではサガが仕事をしている。それは…あまりに… 「サガに聞かせてやろうぜ」 「バカな!」 「それとも…サガの目の前がいいか?」 「は…早く…終わりにしてください」 ムウはカノンに背を向け壁に立った。 なぜ抵抗できなかったのか知れない。 あまりにも久しぶりにサガに会い、一瞬でも触れあってしまった熱は、カノンに煽られ急速にムウの理性を奪っていた。 「クク…ッ…本当に淫乱だなおまえは」 「早く…」 「そんなに欲しいのか?」 「違…あああっ…あ…」 そのつもりできたのだろう、カノンはすでにオイルまで準備していた。壁に高くムウの両手をつかせると衣服を引き下げ、濡れた手で撫で回す。 「腰が引けてるぞ」 「う、う…く」 「もっと脚を開け…そうだ」 「っうううっん…ん…あ、ああ…っ」 背後から性急にカノン自身がねじ込まれる。その心の臓を突かれたかのように痛みにムウの声がうわずる。 「動くぞ」 「い…っ…う…うう」 カノンの侵入に内奥から足先まで鮮烈な快楽の波が散り広がりはじめた。その熱はあっというまにムウの胸にせり上がり、悲しみも思考も次々と塗りつぶしてゆく。ムウは目を閉じその濁流に身を投じた。 「う…うあっ…あ…あ!」 「声が大きい」 そう咎めるカノンも余裕なく追いたてられている。よく知ったはずのムウだが、油断すればその悲鳴の甘さに飲まれ彼自身さえ容易にその身体を止められなくなる。 「あ…っ…い…あっ…くぅううう」 「ムウ…っう…おまえ…っ」 「そ…こ…だめ…っあ、あああああっ」 二人は立て続けに達した。声を殺しながら絡みあい飽かず求めあうさまは、まるで密会する恋人同士のようだ。 三度目の絶頂のとき、ドアが開いた。 「…おまえたち」 サガであった。 「少し騒がしいぞ。…ムウも用が済んだら戻れ」 まさか直接こちらに来るとはさすがのカノンも驚いたらしい。さらに驚くべきことにサガは二人の放逸をなんら咎めることもなかった。 だがムウは、あのようなところをサガに見られたうえにすっかり呆れられたという絶望感のまま仕事に戻り、夕方までサガとは一言も言葉を交わすことはなかった。 * * * サガが帰ったあとの夕暮れの執務室で、ムウは一人大きな机を見つめていた。 …今日のことについてはもう恥ずかしさに消え入りたいほどだ。 そしてサガが、自分に何の未練もないかのように冷静であったこともムウを打ちのめしていた。 …なぜあのようにカノンを貪ってしまったのだろうか。 もはや後悔しかない。 サガに軽蔑されても仕方がないと思う覚悟の、いかに浅はかだったことか。 もう以前のように会えるとは思ってはなかったはずなのに、万にひとつの可能性すら自ら捨ててしまった。 苦い涙がムウの頬を濡らす。 夕闇に気配を感じ、ムウは反射的に立ち上がった。 「サ…」 「悪かったな、オレだよ」 「……なんの御用ですか」 「ご挨拶だな、あれだけじゃ足りないと思って来てやったぜ」 ムウはそれには答えず、前の空席を見つめ続けた。 だがカノンも軽口の割には近寄ろうともしない。 しばらくの沈黙ののち、すっかり薄闇に飲まれた部屋でムウが口を開いた。 「カノン…わたし…やはりサガが」 「言うな」 「…カノン?」 「…黙れよ」 カノンのただならぬ様子にムウが視線を巡らせる。 「カノ…」 振り返るムウの両肩が強く抱きすくめられる。そのまま執務机に押し倒されるかとムウは反射的に後方に重心を写したが、カノンはその身を抱いたままだ。 「カノン…」 名前を呼ぶとムウを抱く腕に力が篭る。 ムウは強烈な既視感に襲われていた。 …そうだ、そういえばあのサガもたまに、わけもなく唐突に、ちょうどこんなふうに自分を抱きしめることがあった、と。 体が冷えきっていたからか、カノンの身体がひどく暖かく感じられる。凍りついた心に沁みこむような温もりだ。この男にあれほどの目に会わされながら、その肌のぬくさにひととき酔うなど、すっかり多淫の徒になりさがったとムウは自嘲した。 …いや、カノンの言うように、あのサガに弄ばれて、かく成ったというよりも、もとから自分はこのような性質だったのかもしれない。 自分を抱いたままのカノンの背にふとムウは腕を回してみた。 「…おまえ!」 カノンは驚いたかのようにそれを振り払う。その拍子にムウの指がその顔に触れた。 「…何の…つもりだよ」 「どうして…あなたまで泣いているのですか」 「うるさい!」 そう叫ぶとカノンはムウを床に押し倒した。 「ん…うっ」 何か言おうとするムウの唇はカノンにふさがれた。強引にねじ入れられた舌で口腔がかきまわされる。しかし仮にもカノンがムウに口づけなどするのは初めてだった。 「んっうぅうぅ…ううう!」 唇を奪ったままムウを片手で押さえながら器用に帯が解かれカノン自身が押しこまれる。痛みよりも何か安堵に似たものを感じムウの声が甘くなり、すぐに二人はのぼりつめた。 カノンはムウを貫きながら言う。 「おまえは…オレが憎い…そう、言えよ」 「カノ……っあ…う」 「早く…!」 「…い…っ…あ…あああ」 「言え!」 両肩が痛いほど床に押し付けられた。 「く…う…憎い…の…はっ」 カノンの動きが止まる。 「あなた…ではなくて…わたし…自身です」 ガッ…と鈍い音がしたかと思うとムウのすぐそばの床面が抉られた。カノンが素手で拳を放ったのだ。特別に頑丈にできているはずの執務室の大理石に大きなヒビが入る。皮膚が裂け、鮮やかな血の匂いが漂った。 「くっそ…こんな茶番…もう…こんな…っ…」 「カノン…?」 「そこまでだ」 聞き覚えのある声に、まさか、とムウは身を起こす。 |