「やめろ!」
次の瞬間、ドアを蹴破るかのような勢いでカノンが割って入ってきた。
「カノン!」
「フ…逃げたのではなかったのか」
「いい加減にしろよサガ!ムウもおまえ、自分を殺したあとサガが後を追うことは考えなかったのか!?」
「もちろんそれはあなたが止めると踏んでました。最初の拳は無理でも、二回目にはさすがに間に合うと」
「…何を…言ってるんだムウ…」
カノンががくりと肩を落とす。
その様子を見ていたサガが口を開いた。
「カノンよ…」
何度目かの落ちついた声音だが、今度ばかりはいささか様子が異なった。
「…おまえを試してすまない。おまえがムウを守れるのか、確かめたかったのだ」
「サガ?」
「いまのおまえであればムウを譲ってもよい」
「サガ!?」
「なにを…」
唐突な言葉にカノンもムウも固まっている。
「ムウ、わたしはおまえを愛している。だがわたしにはおまえを幸せにはできない。だがカノンならあるいは…」
「は…幸せ?いまさら何を言ってるんですか。嫌です!」
「…聞いたかサガよ。オレは即刻フられたぜ」
「そんなことは関係ない。…聞け、カノンよ…わたしはどうしてもあの男を許せない。しかしムウがわたしにしてくれたように、全てを甘んじて受け入れることにした。つまり…わたし たちはわたしたちで愛し合おうと思うのだ」
「…何…だと」
「それはどういう」
「ムウの心をわたしひとりだけに向けられない限り…もはや二人も三人も同じだ」
「…まさか」
「三人で愛し合うといっているのだ」
…もう一回殴るか、と構えるカノンの前でムウは即答する。
「サガ!わたしは…わたしはあなたがいるならもう何でもいいです!」
「バカな!オレは断る!!」
「2対1。決まりだな」
「は?ふざけるな…!」
「カノン、あなたは不本意でしょうが、わたしはやはりどうしてもサガが…」
サガはムウを制した。
「…まずはカノンだ」
カノンとムウが再び固まる。
さっきと何が違うというのだろう。
…もはやこれはサガの趣味、いや嫌がらせか何かか。カノンは改めて兄を凝視した。冗談を言っている風ではない。
「わたしがいてはおまえはカノンのほうに行かないだろう?それは良くない。等しく分け合う、よいな」
「何を言うサガ…ムウはモノじゃないだろう…!」
「いいえ、モノ、でいっこうに構いませんよ。…よく知ってるでしょう?わたしはそのように扱われても…」
「おい。そんなふうに投げやりになるのはやめろよ…今はともかくいつか変わるかもしれないだろ」
「綺麗事言わないでください…。あなたに何か迷いがあるというなら告白しましょう。…わたしはあなたに抱かれながら、あのサガのことを思ってました。 だから、あんなに悦んでいたのです…最低でしょう?」
「…ムウ…」
月明かりが天窓から差しこみカノンの顔を照らす。
ムウはカノンの顔をはじめてまともに見たかもしれないといまさらながら思った。 サガと瓜二つであるはずなのに、その逡巡する様子は一瞬別人のように見えた。 時折見せる少年のようなその戸惑いの表情は、本当にあのサガに似ている。

…最後にあのサガに会ったときも月の明るい晩だった。開戦前夜、五老峰にデスマスクを送り込み、 自らジャミールに赴いた偽教皇は、聖衣姿のムウをしばらく見つめ、何も言わずに去った。 その後ろ姿になぜかシオンを失ったときが鮮明に思い出された。 貴鬼がいなかったら自分は泣きじゃくっていたかもしれない。
…そのような想いはもうとうに封じ込めたはずであったのに…。

ムウは自分がなぜ苦痛を望むのか、そしてサガがなぜ苦悩の棘を手放さないのか、いまさらながらはっきりと了解した。
己の望むものが手にはいることを幸せと呼ぶなら、目の前の男こそ自分に罰を与えてくれるのかもしれない。
「もう何もかもすっかり冷めたでしょう。カノン…お願いします」
「…ムウ…おまえは…」
カノンはムウの背後のサガを見た。月明かりに照らされたその面差しは神々しいほど優しげな笑みを浮かべている。 まさに神のような、自分以外を愛することをけして許さない嫉妬深い神のような残酷さだ。 サガは自分で話を持ちかけておきながらムウに手を出した弟が気にいらないのだろう。 兄の理不尽さは昔からまるで変わらない。
そしてムウはそのどうしようもない男が、どうしても好きなのだろう。…おそらく自分よりも。
「…何か…勘違いしてるようだが」
カノンは軽く目を閉じ、呼吸を整えると言った。
「…オレがいつおまえに惚れたと言った?おまえは結局オレとサガと…両方とヤりたいだけだろう?呆れはてるぜ」
「やはり…あなたがわたしのことなど好きになるはずがない。安心しました」
「思いあがるな!オレは…おまえをいためつけたいだけだ…」
ムウの左目から一粒涙がこぼれた。カノンは一瞬だけ息をつまらせたが、続けた。
「おまえは泣き顔のほうがそそるな。すぐにもっと泣かせてやる…いいよな、サガ」
「もちろんだ」
サガの満足げな低い声が響く。

腹を決めたカノンの行動は早かった。ムウを入口から室内に引きこむと執務室の机を顎で指した。
「欲しいなら自分で誘ってみろ」
そんなことを要求してきたのは初めてであったからムウは思わずカノンを見た。
「早くしろよ」
ムウは服を脱ぐとサンダルだけとなり、ためらいがちに広い机に脚をかける。カノンばかりでなくサガの視線も痛いほど感じられ、ムウは気の遠くなるような羞恥に震えた。
ムウは仰向けに寝て膝を立て、脚を広げる。
天窓からは煌々と月明かりが差し込みムウが恥じらう様子までもがはっきりと見てとれた。
「どうされたいのか言ってみろ」
「う…そ…それは」
「どうした」
「う…あなた…の……」
と言ったまま硬く沈黙する育ちのいいムウにカノンはあっさりと質問を変えた。
「どこに欲しいんだ」
「こ…ここ…に」
ムウは震える指先を這わせた。
カノンに促され、二本の指でそこを押しひろげると先ほどの残滓が溢れる。
「くっ…」
ムウの顔が羞恥に歪む。何度抱いても妙に初々しい反応だ。
サガが見ているからだろうか、すでにムウ自身は限界まで張り詰めている。
「よし…」
「う…うう、はやく…」
その姿を晒すことに耐えがたいムウは身をよじりながら懇願する。
「お願い…」
「お願いします、だろ」
「お願い…します…ああっ」
カノンがムウ自身をきつく握りしめると、早くもムウが果てた。
その後も悲鳴のような声を上げては背を反らし、腰が跳ねる。
「あん…ッああ、あん、い…、やっ」
カノンは背後のサガに見えるように身をひるがえした。
ムウ自身を苛むたびにそこをひくつかせている。
律儀に指をそえたままのムウに、カノンは命じた。
「自分でしてみろ」
「…っ…そんな」
「嫌ならこのままだ」
「う…っうう…っあ!」
自身の精液とカノンの滓とですでにしとどに濡れたそこにムウの白い中指が飲みこまれてゆく。
「ああっ…あっあ…っああ」
水音と摩擦音とムウの呼吸が激しくなり、下肢がビクビクとひきつりはじめる。
「ああ…そんな…見…ないでください」
「嘘をつくなよ…見られてるのがたまらないのだろ、サガに」
「う…あ…あああああっ」
サガの名でムウは絶頂を迎えたようだ。射精はなく、その体内で熱が乱反射し、ムウはしばらく叫び声を上げ続けた。
「さすがだな」
汗にまみれ必死に荒い呼吸をするムウをカノンは素直に感心しながら眺めた。
大理石の執務机の上にはすでに汗と体液の滴りが溜まり月明かりを映している。
「おっと抜くなよ。そのままだ」
カノンは背をかがめ半ば意識の飛びかけているムウの頭を抱きよせるとその頬や額、首すじ、目じりに触れるだけのキスを繰り返した。 ムウが驚いたように自分を見つめる。涙にぬれた大きな瞳や長い睫毛。カノンはサガの「可愛い顔をしている」という言葉をいまさらながら思い出した。可愛くてたまらずについ 乱暴にするという心理は子供じみた、しかし純粋な感情なのかもしれない。
「…んんっ…く…ふ」
何か言いたげなムウの口を塞ぎカノンは唇の感触を味わう。さきほどはあまりに乱暴にしたので気づかなかったが、柔らかく、薄く色づき、まるで少女のそれのようだ。その吐息までも全て奪うかのように角度を変えながら二度、三度深く口づけた。四度目のときにあまりにもどかしげにムウが見つめるので、歯列を割ると向こうから舌を絡ませてきた。 粘膜が絡みあうたびにその生々しい甘さに頭の奥が白く溶けゆくようだ。ようやくそこを解放するとカノンは息を長く吐き欲望を征した。
「欲しくてたまらないって顔だな」
「…っ…うあっ」
顔をそむけるムウの首筋を、乱暴に噛みついた跡が薄く残るそこに触れるような口づけをおとしてゆく。 鎖骨、肩、そして下腹、脇腹、内腿、膝の裏…汗ばむ体のすみずみまで粟立だせてゆく。 その間もその中指はそこに納めたままなので、ムウは切なそうに身をよじるばかりだ。全身が緊張と弛緩を繰り返し、ムウの体はどこもかしこも限界まで熱い血に充ちていた。 カノンはいまにも溢れそうなその肌を執拗に撫でながら、胸に舌を這わせた。
「ひっいや…あ…ああっあ…!!ああああっ」
すでに硬く尖ったそこは二度ほど甘噛みをしただけで背が大きく反り、ムウ自身から白濁が飛ぶ。
「おい…凄いな」
「あん…あう…あ、あああああっあ」
もう少しじらす予定だったが、ムウの様子に嗜虐の心が抑えきれず、カノンは胸を責めながらムウの入り口にあてがった。
「やっ…やめ…」
ムウの指はまだ挿し入れられたままである。
「くっ…」
カノンの顔が苦痛にゆがむ。
「抜い…い…いっ…ああっあああ!」
背後でサガが立ち上がる気配がする。後には引けない。
「力を抜け…」
カノンはムウの髪を撫で涙のにじむ目じりに、唇に口づけながら優しく囁く。
「は…っあ…あ…あ…」
ムウは涙を幾筋か流しながら、息を吐いて力を散じさせる。
「そうだ…」
カノンは抽迭を控え入口を支点にしながらより深い角度で奥の内壁に押し当てる。
ムウの指はすでに鋭く急所をとらえているため、カノンに圧されてほどなく大きな波がムウの身体の芯を襲い始める。
その衝撃で収縮するたびにカノンの圧力と指先とが呼応し合い、深く鋭くじわじわと焙られる。
そのもどかしさと耐えがたい絶頂の連続にムウは狂ったように泣き叫んだ。
「ああ…あああああっああ!や…」
その悲鳴に明らかに快楽の色を認め、カノンはゆっくりと腰を上下に動かし始めた。
「だ…もう……や…あ…あああっ…カ…ノ」
「違うだろ…言えよ…おまえが本当に抱かれたいのは誰だ…」
「あ、あっ…ああ…サ…」
「やめろ!やめてくれ…」
「サ…ガ!っあああああ…」
サガが駆け寄ったのとムウの絶頂はほぼ同時であった。
「…くっ」
カノンは意識を失いつつあるムウの中に遠慮なく吐き出す。
サガは崩れ落ちるムウを抱き寄せた。
「カノン…貴様…」
「ふん…自分で頼んでおいて何だよ」
無言でムウを抱くサガは滂沱の涙を流していた。
「…どっちのサガだろうと呼ばれたのは兄さんだぜ…」
「…ムウ…」
「オレよりマシだろ」

ムウが口にしたサガの名前。
それはムウ自身やサガばかりかそしてカノンの心も深く抉っていた。
「サガ……わたしは…」
サガの腕の中で気がついたムウが激しく嗚咽する。
「ムウ…すまなかった…」
服を整えるとカノンは二人に背を向けた。
「まったく…つきあってられないぜ。せいぜい二人でよろしくやれよ」
「カノン…」
ムウが名を呼ぶ。
「おまえなんかもう、知らん」
「…うそつき」
カノンは一瞬歩みを止めたが、振り返ることはなかった。




終わり





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