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腹が立つ…というほどではなくても、彼の言動はいつだって理解不能だった。

「時間が相対的だなんてとうの昔から知っている」

シャカは物理の教科書を退屈そうに閉じた。

シャカはさも当然というかのように僕を見て、おもむろに言葉をつなぐ。

「すなわち」

彼の国インド。

ゼロの発祥地にして古来から数々の偉大な数学者を生む国。

僕はちょっと期待して身を乗り出した。

「君といる時間は短く君といない時間は長い」

「…」

やっぱり君に物理の点数で負けるなんて本当に納得がいかない。



数学だってそうだ。

この前の模試、僕は数学が満点だったから

君に勝ったと思ったのに。

「そういえばこの前の模試…何でシャカは順位に入ってなかったの?」

数ヶ月ものあいだなじみだったトップの面々を、いきなり蹴散らして最もパーフェクトに近い点数で一位をとった先月の全国統一模試。

…皆びっくりしたっけ。

「答案に名前を書くのを忘れた。」

「…は?」

「答え合わせしたら全部合っていた。それでよかろう。」

良かろうって…。受験とかそういうの、まるで頭にないんだね…

留学生はお気楽というか…いや…留学生だからじゃないよね。

シャカだからだよね…



思わずため息が出てしまうよ。

そんな僕に構わず君は何か小さな本のようなものを熱心にみている。

「それ何?」

「数独」

「すどくって何?」

「日本ではあまりまだ知られていないが、西欧では爆発的な人気を誇っているクロスワードパズルの一種だ。開発者は日本人なのだ。」

「そうなの?知らなかった。」

「わたしはロンドンタイムズに発表された時から愛読していた。いまや一瞬で解けるが、その時間はやみつきになる」

「…数独というより数毒だね。」

そういうとシャカは子供っぽい顔をして笑った。

「日本に来てから知ったのだが…数独とは『数学は独身者に限る』って意味だそうだ。」

「確かに」

こんなパズルで奥さんを放っておいたらそりゃあ腹が立つよね。

僕だって別に奥さんじゃないけど、一緒にいるシャカが話もしなかったら

…それはちょっとなんか面白くないよ。

「君もやってみるかね」

「結構」

「何を怒ってる」

「怒ってなんかいないよ」

ああ…こんな勉強のかけらすらしてないだろう君に、皆負けてるのか…と思うと小気味いいというか…やっぱり腹ただしいというか。

僕はため息をついて、英語の教科書をひらいた。

明日は僕が当たる番。読むくらいしておかないと。

「何を読んでいる」

「ソネットだよ」

「読んでみたまえ」

僕はちょっと身構えたけど、…もう恥はかいた気がしたから音読してみた。

「ふむ…発音は悪くないが、そんなふうにシェイクスピアを読んではいけない」

そう言うとシャカはその詩を朗々と吟じ出した。

『きみを夏の日にくらべても

きみはもっと美しくもっとおだやかだ

はげしい風は五月のいとしい蕾をふるわせ

また夏の季節はあまりにも短い命…』

「…知ってるの?」

「もちろんだ。名詩中の名詩ではないか。」

「まあ、教科書に載るくらいだからね」

「この詩は…君に良く合うな。」

「僕に?…それはどうだろう…でもこの詩は君が好きそうな言葉ばかり並んでるね」

「そうかね」

「うん」

そうだよ。他に誰があんな詩を嫌味なく読めるっていうんだ。

まったくほんとに君は…






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