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「君はビルバルを知っているかね」

「知らない」

何を唐突に。

「ふむ。インド人なら誰でも知ってる。ムガール帝国皇帝アクバルに遣えた賢者だ。」

…日本でいう一休さんのようなものだろうか

「その皇帝が配下のものに騙されて、彼の愛妃を実家に帰らせるようにする。涙を流す妃に王はさすがに心をいため彼女になにか一つ大切なものを持って帰ってよいと命じたのだ」

「大切なもの…」

「そこで彼女はビルバルに相談して、その王を実家に持って帰ってしまうのだ。」

「トップを拉致監禁か。やるなあ」

「それで王は自分の過ちに気づくのだが。君はその王をどう思うかね」

「う〜ん、暇を持て余した挙句に簡単に配下に騙されるぼんつく皇帝にしか思えないけど」

そうだよ。自分の愛する妃の言葉を疑うなんて。

「フッ。知恵のあるものに従うというのは支配者の絶対条件なのだよ。 わたしにはこの一連の寓話は、賢者のための寓話であると同時に王というものがどうあるべきかを教える寓話であると思うのだ。」

「何が王だ」と思ったけど得意げに語るシャカを見ていると…

そう君は。ほんとなにからなにまで王様みたいに偉そうで。

君が断言したら猫だって犬になってしまいそうな。

…そんなところはちょっとシオン様に似ているんだよね。





シオン様といえば忘れられないことがひとつ。

一緒にシオン様の工房にいったときのこと。

「これが君が弟子入りしてる男の作品か」

「そうだよ。特別にお願いして入室してるんだ。

普段は僕だって勝手に見られないんだから」

シオン様の作品…そこにはギリシャ神話をモチーフにした青銅のオブジェが置かれていた。

「こっちがアンドロメダで…こっちがペガサスなの。機能美を追及してるってところは近代的なんだろうけど主題はとってもロマンティックなんだ。」

「ふむ」

シャカは大きな鳳凰像の前で足をとめた。

それはシオン様が気に入っているものの一つだ。

火の鳥のように赤く、翼を広げた胴体には、羽飾りが、重さをまるで感じさせない軽やかさで縦横に広がっている。

「綺麗でしょう?僕は彫刻の基礎は教えてもらったけど…この仕上げは…18歳にならないと教えてもらえないんだよね。」

僕はシャカがそれに見入っているようなのでちょっとうれしくなった。

「見える?この素晴らしい赤…こんなに深みがあってかつ艶さえたたえてる色はなんだだろう…」

「血だな」

「え?」

「人の血だ。」

「…まさか。変色もせずにこんなに鮮やかに残るものなの?」

「さあな…。いずれにせよ君は来年の春にそれを知るのだろう?」

「そう…そうだね。」



シャカがシオン様の作品を誉めたのは嬉しかったけど

そのことだけは今でもちょっと怖くなる。

あれはなんだったのだろう。

もし…本当に血だとしたらどれだけの量が必要なんだろう。

あのシオン様なら何をしていたとしてもおかしくない…。



ああ…そうだシオン様がシャカに逢わせろといっていたっけ…

今はそれすらもかなわないじゃないか…

そうだよ…僕の作品だって…見せてないのに…





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