○第三幕第一場

 
二日後(つまり、双魚宮での飲み会があった翌々日)。  
の、午後。  
例のごとく、双魚宮のリビング。  
開け放った窓からゆるやかな風が吹き込んで、テーブルを挟んで向かい合う美人二人の髪をくすぐっている。 
 
アフロディーテは、ムウの話を聞きながら、可笑しそうに声をあげて笑った。
「へえー。デスマスクの奴、そんなデリカシーの欠片もない発言したんだ? あいつらしいねえ!」
「確かに、らしいと言えばらしいですけど、彼はどうもあまりおつむがよろしくない」
「言わないでおいてやりなよ。気づいてないんだからさ」  
ムウは鼻で笑って、無言のままレモネードのグラスにさしたストローをくわえた。
「にしても、危ないところだったね、ムウ。ぼんやりしてたらホテルに連れ込まれてたかもね」  
するとムウは、「まさか」と言って大仰に肩を竦めてみせた。
「私がデスマスクごときに好き勝手させるはずないでしょう?」
「まあ、それもそうか」  
答えてアフロディーテは、ちらりと自宮の入口(宝瓶宮側の)の方向を見るような視線の移動をした。もちろん、実際には壁があるので、なにが見えるわけでもないのだが。一つため息をついてから、口を開く。
「ところで、ムウ。宮の入口に鬱陶しいのが2匹いるんだけど、あれ、どうにかしてくれないか?」
「なんのことです?」  
分かっていて、ムウはとぼける。
「“なんのこと”じゃないよ、きみのストーカー二人。小宇宙がウザいよ。どろどろしてて、ベタベタしてて、しかも強大さだけは十分強大で」
「私こそ、あれをだれかにどうにかしてほしいと、ここのところ毎日思ってるんですが」
「なーんて言って、サガやシャカほどの人間にあそこまで執着されてちょっとうれしいって顔してるよ、ムウ」
「冗談はやめてください」  
ムウはつんと澄まして言う。  
が、そのあと、ふいに唇を笑みの形に歪めた。アフロディーテの顔を見て、くすくすと笑う。
「まあ、多少はね、そんなふうに思わないでもないですけど」
「やっぱり。――そう言えば、デスマスクとのデートのときは、二人に邪魔されなかったのか?」
「ええ、事前にちゃんと言い渡しておきましたから。『邪魔したら次も参加資格なしですよ』って」
「なるほど。さすが、抜かりはないな」  
アフロディーテは首を振り振り、苦笑いで言う。
「いやしかし、結局ムウが最強なわけか。目を潤ませて『お願いです』って言えば、当代のジェミニとバルゴがたちまち動くんだから」
「そうですかね?」
「そうだよ」
「じゃあ、自分の手を汚すのがいやなようなことのときは、その手を使いましょうか」
「くわばらくわばら。なにがあっても私を巻き込むのはやめてくれよ」
「分かってますよ」  
言ってから、ムウはふと穏やかな表情になった。
「――ただ、ね」
「なに?」
「複雑な気分は気分なんです……。あの二人を見ている限りは、ジャミールにいた13年間を忘れることができませんから」  
アフロディーテも、静かな笑みになって浅くうなずく。
「うん……そうだね。――ねえ、ムウ。でも、今は幸せかい?」  
問われて、ムウは少し考える風情で首を傾げた。顔の右脇の髪を、ゆっくりと右手で耳へと掻き上げる。  
そして。
「そうですね……。多分、私、今は結構幸せだと思います」  
目を伏せたままほほえんだムウに、アフロディーテは小さな声で言った。
「それなら、よかった」
「はい」
「……あ。ねえ、ムウ」  
思いついたように声を出して、アフロディーテは左手の人さし指を顎にあてた。
「なんです、アフロディーテ?」
「もしかしてさ、あの二人、きみに余計な考え事をさせないために、わざとあんなアホみたいなまねしてたりするのかな?」  
まっすぐにアフロディーテの顔を見て、真剣な目で、ムウはきっぱりと答えた。
「それはありません」
「……やっぱそうか」
「当たり前です。あの二人の様子を強制的に毎日見させられている私が言いますが、それは決してありません。あなたの妄想です、アフロディーテ」
「うん……まあ、そうだよね。いや、下らないことを考えた私がまぬけだった」
「そんなお気楽なことを考えるほど心に余裕があるのなら、私と立場を代わってください」  
と言って、ムウは重いため息をついた。アフロディーテはアハハと軽く笑った。
「ご愁傷さま。って言うか、ごちそうさまって感じ?」


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