scene4

次ぐ日は朝から騒がしかった。
聖域が解散すると言う。
それはわたしとムウと関係の崩壊をも意味した。
…聖戦はもはや終わったのだ。こうなるのも時間の問題ではあった。
「――わたしを生かしておく理由がなくなったな」
戦う以外にわたしにできることなどなかった。
「よもや忘れたわけではあるまい?」
ムウは茫然としている。神殿では冷静に勅令の指示していたというのに。
「――ムウよ。わたしが憎くはないのか?」
返事をするムウは苦しげであった。
「…そのとおりだ。…わたしは十三年の間…あなたを」
ムウの目がきらりと光った。
「憎んでいた…!」
そのときわたしはなにか大切な告白でもされたような気がした。
ムウはすばやくわたしの後ろをとり、わたしの頸に両の手をあてた。
この男の力であれば一瞬で首が飛ぶ。が、わたしはあえてそれを防がなかった。なぜか落ち着いた気分であった。この男に殺される、それもよかろう。
…すべては最初に戻るのだ。

しかし当のムウはかなり気が高ぶっているらしく、わたしの肩の後ろで奴の手が震えている。
「はやくしろ。なぜためらう」
「なぜ?…わたしもあなたに尋ねたいことがある。かつてジャミールまでわたしの命をとりにきたとき、…わたしを辱め、あれだけ痛めつけながらなぜ、なぜあなたはわたしを殺さなかったのだ!わたしがいずれ師の仇をとりに、あなたに反旗を翻すこともわかっていたはずではないか…!!」
「フ…あれはわたしにもわからん。別におまえの力を見くびっていたわけでもない。今思えばわたしの一生の誤算だったな」

いよいよだ。とわたしは覚悟を決めて目を閉じた。
「……わたしはずっと……あなたが憎かった…いつもあなたを殺してやったらどんなに胸がすくかと考えていた・…しかし…しかし今になってわたしの心は潰えてしまいそうだ…!!」
「ムウ?」
「あなたは笑うだろう…わたしを臆病者とあざ笑ってください…なんたること、ああ、わたしは…わたしはあなたが哀れでならないのだ…!」

ムウの手が力なく落ちた。 わたしの足元にうずくまり、気がふれたかのようにムウは泣いた。ムウほどの男がここまで取り乱すなど、信じがたいことであった。 が、なにはともあれわたしは命拾いをした。ここはこの男の気が変わらぬうちに去るのが賢明だ。しかしそうは思ってもわたしの足は張り付いたように動かず、ムウの泣く声はわたしを怪しい気持ちにさせる。

…なぜだ…わたしのなかのサガの仕業かとも思ったが、違った。
混乱する頭でわたしは考えた。なぜわたしが哀れなのだ、と。悲劇の主役はサガであったはずだ。あいつは救いようもなくバカな点で実に哀れだとわたしも思う。…わたしは罪を犯したとサガに責められたが、わたしは自分が間違ったことをしたとは思わない。力あるものが正義であり、権力をもつに値する、という考えは変わらぬ。今はただ、支配すべき大地や人間共に愛想がつきてしまっただけだ。人間ほど信用がおけぬものはないからな。人間にくみするアテナも同様だ。このわたし以外のものはなにものも信ずるに足りぬ…

わたしがそう考えたとき、ムウが立ち上がって、わたしをまっすぐに見つめた。ムウの眼と、鼻の頭と、耳とが赤い。ムウは何か言おうとしたが、わたしのほうが早く口を開いた。
「わたしはちっとも哀れではないが」
それはわたしの結論であった。
ムウは眼をまるくした。
一瞬の沈黙の後、あろうことか、ムウが笑い出した。その行動はわたしの理解を越えていたからわたしはほうけたような顔をして立っているしかなかった。そしてムウはそんなわたしを見てますますおかしそうに笑った。
「ククク……もう、…やめ」
「なに?」
「あなたを見ていたら、仇討ちなどどうでもよくなってしまった」
「そんなバカな」
「そう、バカなことだ、全く…」
そういってわたしを見て、ニヤリ、とした。わたしはこの男の笑った顔が好きだったからついつられて口元がゆがんでしまう。
「フン…勝手にしろ」



はたしてわたしは生きている。
世の中には不条理なこともあるものよ。
わたしは今日のムウを思い出し、しかしそれも悪くない、と思った。





Next

Back

Topへ