そのとき遠くで爆音がし、それは地響きとともに近づき、寝室の壁を突き破って大男がとびこんできた。
隣の野牛、アルデバラン。
おそらく白羊宮の壁も壊してきたのだろう。
相変わらずバカな男だ。わたしには目もくれずベッドに駆け寄ると
「ムウ!どうした傷は浅いぞしっかりしろ!!」
などと口走りながらムウを揺り起こした。
うっすらと目をあけたムウだが返事をする気力もないらしく、アルデバランの姿を認めるとまたぐったりと目を閉じた。
彼の男はすっかり度を失いムウの肩を激しく揺さぶりながら
「ムウっっ死ぬなぁぁぁぁっ!」
と絶叫した。

ムウの顔色は青くなり、アルデバランは泣きはじめる。
「ムウーっっ!しっかりしてくれー死んではならんっ!うおおおおーん」
ムウは目を開けない。こういう冷淡さこそこの男なのだ。
しかしあまりにやかましい。バカめが。
わたしは舌打ちし、口をはさもうとした。

と、扉からもっとバカな男が転がりこんできた。
「こっ…これはどうしたのかね!!」
シャカか。わたしはため息がでた。
おそらくこいつも途切れたムウの小宇宙に驚きあわてて来たのだろう。
手に握り締めた数珠がカラカラと音をたてる。ムウの青ざめた顔を見るとシャカの顔がゆがんだ。
切れたな、とわたしは思った。
シャカは奇声を発すると両手を高くあげ、座禅を組んで宙に浮かんだ。数珠を振りまわし大きくはないが神経にさわる声で経文を唱え始める。
かくして部屋中、わけのわからぬ念仏と野牛の咆哮とが吹き荒れた。ムウが目を開けぬうちはこいつらに何を説明しようと無駄だ。
わたしが起こそうとするのを待たず、ムウはたまりかねてがばりと跳ね起きると、
「静かにしてくださいっっ!!」
と一喝し、我々は部屋から追い出された。


隣の部屋に篭り帰ろうとしない二人に、わたしはムウが風邪らしいこと、昨夜から具合が悪いことを告げた。
「聖域に医者はおらんのか」
「小宇宙で医療活動が行えるのはムウのみではなかったかね。」
「自分で自分の風邪は治せんのかな」
「…できるものならとっくに治しているのではないかムウは。」
「そのとおり。少しは考えてものを言いたまえ。」
「何だと?」
「やめろ。二人とも。…とにかく対策を考えろ。わたしは風邪を治せる人間を探そう」
「わたしは精のつくものを捕ってこよう」
「わたしもただちに祈祷の準備にとりかかることにする」
「………」

…まあ、よしとしよう。
とにかく邪魔者は去った。わたしとて風邪を治せる人間など知らぬ。あまり熱が出るようならカミュでも呼べばよかろう。なに、ムウは強い男だ。たかが風邪、じきに良くなるだろう。

わたしは帰り際にムウに寝酒を含ませてやった。ムウは多少脚をばたつかせたがすぐに観念しておとなしくなった。ムウの汗の匂いとやわらかな唇にわたしは欲望を感じた。
なおも離れずにいると、背後でただならぬ殺気を帯びた声がした。

「何をしているのだね」
祈祷師の格好をし松明を背負ったシャカがいた。
出て行けというからわたしが帰ろうとすると、待てと叫ぶ。バカなうえにわがままな男だ。
「君に尋ねたいことがある。…君は…」
「何だ?さっさと言え」
「…君は昨晩…ここに泊まったのか」
「そうだ」
シャカは顔色を変えた。が、かろうじて平静をよそおう。
「こんなことは尋ねたくもないが、よもや…」
「くだらんことなら訊くな」
シャカは自分が言おうとしていたことをようやく理解し、激しく赤面した。が、わたしがそれを笑うとまた、もとの説教面に戻ってわたしにくってかかる。

「ところでさきほどは何をしていたのかね」
「昨夜の続きだ」
シャカはぴくぴくと唇を痙攣させた。背中の松明が髪を焦がしているのにも気付かない。わたしはおもしろいので知らぬふりをしている。
大きく深呼吸をし、さらに念仏を唱え気を静めてシャカはしつこくも問う。
「帰るのか」
「そうだ」
「なぜムウのそばにいてやらないのだ」
「そんな義務はないし、その必要もない」
「ムウが心配ではないのかね」
「ああ」
「ムウを…愛しているのであろう?」
「いや」
「で…ではなぜ…!」
「貴様には関係のないことだ」
シャカはうつむき独り言のようにつぶやく。
「分からぬ。なぜムウはこんな男を…いやそんなことはどうだっていい。そのためにムウが悲しむようなことがあってはならぬ…わたしはムウの苦しむ姿をみるのは耐えられぬのだ」
「勝手にしろ。他人の心配をする奴に限っておのれ自身に気付かぬものよ。 シャカ貴様、煙が出ているぞ」





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