scene2

半月もしないうちにわたしは、ほとんど毎晩のように白羊宮に通うようになっていた。

そんなある日の昼、ムウがわたしの宮に立ち寄った。 わたしが日中はサガとして善人面をしていること、隣近所がうるさいこと、すべて計算の上での行動だ。
それでもわたしは気をよくし、ムウが書斎を見たいというので連れて行ってやった。ムウは本棚にぎっしりと詰まった古本をしげしげと見つめている。むろんこれらを読んだのはサガで、わたしではない。

書斎は狭かったが、椅子も二つ、明かりもあって、居心地は悪くなかった。
なによりムウはこの部屋に入ると意外なほどくつろぎを見せたのだ。
訊けばここでサガに幼いころギリシア語を教えてもらっていた、という。
「この部屋にいたければ好きなだけ居るがいい…そうだな…本もおまえにくれてやる…ああ全部…礼などいうな、わたしは本など要らんのだからな」

ムウは目を輝かせ、かたっぱしから本を引っ張り出しては積み上げた。
…子供のようだとわたしは思った。片方の椅子をムウにあてがい、わたしは向かいに座った。
面白そうに本を読むこの男を見ていると退屈しない。
…ムウの瞳の動きを追ってみる。右から左へ…その繰り返しが下まで降りてくると、またページを繰る。…しばしばムウは笑いを浮かべたり、唇を動かしたりもする。頬に落ちてくる髪をかきあげ、息をつく…

たまたま目をあげたムウと視線があった。互いになにもを喋るでなく、しばらくそのままでいた。ふと、ムウが目を細め、わたしに見せたことのない柔らかな表情をした。
「…サガ?」
それはわたしの呼び名であったが、しかしあきらかにムウが呼んだのは・・・
わたしは険しい顔をしたに違いない。わたしが口を開くより先に、ムウは立ち上がり、
「帰ります」
と言うと読みかけの本を閉じて去ろうとした。
「――待て!・・・読むならこの部屋で読め」


ムウを引き止めるのに成功したのははじめてだった。わたしは機嫌を直し、ムウは再び読書をはじめた。・…おそらくこれもわたしの気まぐれだろうが…この男がただそこにいるのが好ましいと思うなど、不思議だった。

…妙な具合だ…かといって不愉快でもなく・…
そんなことをぼんやり考えながらわたしは本に埋もれたこの狭い空間で沈黙のままムウと一日を過ごした。


以前は本など見るのも嫌だったこのわたしが、どうしたことか。考えようによっては尋常ではない。…ムウの言うようにサガの体質が伝染ったのかも知れぬ
・・・・まさか、な。


この風変わりな読書の会は、われわれの時間の許す限り行われ、そしてそれはわたしの楽しみになった。

無論ほかに楽しいことがなかったわけではないが。





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