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…どう考えてもわけがわからない。 いったい何を間違ったら結婚なんて話になるのだろうか。 でも僕がサガ先生を裏切ったことだけは、はっきりした。 つまり僕は先生を信じて待つことができなかったんだ。 「死んで詫びるのは僕のほうだ」 アイオリアは驚いたように僕を見た。 そのあと、小さな声で言った。 「おまえ…サガ先生が好きなんだな」 「うん」 今頃ここで気付くのもアイオリアらしい。 それを遠慮なく訊いてくるのも。 でもおかげで僕は落ち着いた。 そう、僕はサガ先生が好きだ。 先生のためならなんでもする。 背筋が伸びて、身体の痛みまで消えていくようだ。 アイオリアにちょっとだけ待ってもらって僕は急いで着がえた。 僕の格好を見てアイオリアはまた太い眉を寄せる。 「その服…」 牡羊の金紋章と白い襟飾りのついた黒い礼服。 もしもの場合はすぐ喪服にもなる。 「いいでしょ。シオンが仕立ててくれたんだよ」 ぴったりしたデザインはアイオリアにも似合うかもとか、 ひらひらした男の服など断じて認めんとか、 そんなこと言い合いながら僕たちは学校へ急いだ。 * * * 付属の礼拝堂は広い構内の奥にあった。 先生たちはその地下の小礼拝堂に入ったらしい。 最初は話し合うといっていたのに、なぜか勝負をするということになって、 …そしてまだ二人とも出てこない。 体育万能なアイオロス先生と、脱いでも凄いサガ先生。 もし喧嘩になっていたら、二人ともただではすまないだろう。 「兄さんが負けるとは思えない」 「…そうだね」 普段の生活を考えてみたら、あまりにサガ先生に分が悪い。 僕は覚悟を決めた。 サガ先生に万一のことがあったら後を追おう。 アイオリアはそんな僕の横顔を見て言った。 「…そんなに好きなのか」 「そうだよ」 アイオリアは不満そうだった。 「あんなやつのどこがいいんだ」 「サガ先生が一番…」 アイオリアに嘘はつきたくなかった。 「…気持ちいい」 アイオリアは立ち止まったままもう僕にはついてこなかった。 実際、サガ先生の良いところなんて悪いところと同じくらい、 挙げだしたらきりがない。 僕は地下の扉を開けた。 細い通路を通って、礼拝室に行く。 天窓から白い光が漏れてて 部屋はほんの一部だけが明るかった。 前のほうの机に腰をかけた二人は…笑いあっている。 「遅いぞ、ムウ」 立ち上がってこちらを向いたサガ先生は、白いトラディショナルなスーツだった。 いつも全体的に白いけど、粋に立てた襟も、ベストも、ほの青い光沢のある仕立ても、 …あまりに格好よくてくらくらする。 「おめでとう、ムウ」 後ろから声をかけてきたアイオロス先生も黒いジャケットを着て別人のようだった。 どういう…状況なの? 「その若さで良く決断したな、ムウ。先生、応援するぞ!」 アイオロス先生はいつもの人懐こい笑顔を浮かべながら僕に言う。 「でも僕…謝らないと…昨日のこと」 一瞬の妙な沈黙のあと、アイオロス先生は笑い出した。 「…いや、おまえがサガの奥さんになるならおおごとだが、…ペットなんだってな! なら問題ないだろ」 「ああ。何も問題ない」 先生たちは顔を見合わせて笑っている。 何…どういう…ことなの? 呆然としている僕の腕を取ると、サガ先生は僕を祭壇前に立たせた。 隣にはアイオロス先生。 この状況は…いったい…。 「はい。ではムウ。あなたはサガの愛玩動物として、いついかなるときでも飼い主であるサガに従うことを誓いますか?」 動…物?アイオロス先生は大真面目に宣言してるが、ちょっととんでもない内容だ。 「僕は…っ」 顔を上げるとサガ先生と目があった。 サガ先生はいとおしそうに僕を見つめている。 ああ…かつてこんなに暖かいサガ先生の眼差しを、僕は見たことがあっただろうか。 「誓い…ます…」 サガ先生はにっこりと笑った。 神々しいような笑みだった。 「ではサガ。あなたは死に分かたれるまで責任を持ってムウを飼育することを誓いますか?」 「ああ。誓おう」 僕はもう何も聞こえてなかった。 「誓いのキスを」 サガ先生がかがんで、僕の肩を抱き寄せた。 …初めてだ。サガ先生が僕の唇に普通にキスをするの。 いつもはぐらかされてたっけ。頬とか、おでことか、耳とか、…とか。 サガ先生にしてはめずらしく、軽くて、でもやさしいキスだった。 この瞬間が永遠に続けばいい、なんてことをほんとうに真剣に考えた。 サガ先生は白いハンカチで僕の涙を拭う。 ああ…信じられないくらい幸せ。 なんだかもう…なんでもいいや。 アイオロス先生はぼうっとしてる僕に紺色のビロード張りの小さなケースを手渡した。 中には金色の指輪が入っている。 「これ…」 僕は息が止まった。 アイオロス先生に促されて、僕は震える指でサガ先生の左手の薬指に それをそうっと押し込んだ。 サガ先生は指輪をはめた自分の手を満足そうに見ている。 その綺麗な長い指に輝く金色はとても良く似合っていた。 なんて素敵なんだろうと僕もうっとりとしてしまう。 「じゃあ…サガ」 アイオロス先生がそう言うと、なんとサガ先生が僕の前で片膝をついた。 …あまりのことに卒倒しそう。 僕はかろうじて目を閉じて震えながら左手を差し出したけど、 なぜかそこはスルーされて襟足の髪がふわりとゆれた、と思うと、 カチャリ、という音がして、冷たい金属が僕の肌に触れた。 びっくりしてそこに手をかけると、指の幅くらいの金属の輪が 僕の首にぐるりとはめられている。 「よく似合うよ」 「お揃いだ」と先生は懐から鏡を出して僕に見せてくれた。 僕の青ざめた顔の下に、金色の首輪があった。 正面には小さく先生の星座の双子座のシンボルマークが彫られている…。 「鍵はアイオロス、おまえに預ける」 「ああ。なくさないようにしないとな」 そう言いながら、アイオロス先生は無造作に小さな金属片をポケットに放り込む。 「わたしも相当悩んだんだ…」 サガ先生は僕の首筋に指を這わせ、首輪を撫でながらつぶやいた。 急に曇るサガ先生の顔に、僕はハッとした。 やっぱりサガ先生だってほんとはこんなことは… 「首輪にするか、貞操帯にするか」 「そりゃ悩むなあ!」 またアイオロス先生の明るい笑い声が響いた。 「アイオロス。授業は午後からだろう。もう少し余興につきあってくれないか」 サガ先生は机の上においた大きな鞄をあけた。 中には携帯用のプロジェクターが入っていて、 礼拝堂の白い壁に映像が大きく映しだされる。 僕だった。 制服を着て笑っている。 「ちょっ…」 消そうと机に駈け寄ろうとした僕を、後ろからアイオロス先生が引き止めた。 「親心じゃないか」 「な…」 わけがわからない。おやごころって? 次の写真に僕は絶句した。 …まさかと思っていたけどこれ… 準備室の椅子で、実験室の机で、教室の床で、廊下で、屋上で… サガ先生に抱かれてる僕だった。 縛られたり器具を入れられたりしている写真もある。 しかもどれもこれも僕が思い切り…。 僕は血の気が引いた。 いったいいつどうやって撮ったのだろう。 「ムウは甘えん坊でな…」 サガ先生は楽しそうだ。 『あっ…あっあんああっ…せ…先生・・せんせ…い…好き…』 サガ先生が動画ファイルを再生しはじめた。 「や…やめてください!」 アイオロス先生の腕のなかで暴れてみたけど、無駄だった。 自分の声を聞かされるだけでも耐えられないのに。 ああ…こんな、恥ずかしすぎる。 そのときうしろでガタンという音がした。 振り返るとアイオリアがこっちを見ていた。 まさか。 「アイオリア!」 アイオリアは何も答えずバタバタと走って出ていってしまった。。 いつからここにいたんだろう。 なぜか急に悲しく情けなくなって僕は泣き出した。 礼拝堂のなかに僕の嗚咽と嬌声とが、ちぐはぐに響いていた。 「そしてこれが一番新しい…」 そう言ってサガ先生が再生したのは、昨日の僕の姿だった。 …写真も何枚かあった。 「わたしが撮ったんじゃないんだ。昨夜匿名で送られてきてね…」 サガ先生は相変わらず笑顔だが、コツコツと指で机を叩いている。 イライラしているときにする仕草だ。 サガ先生は明らかに腹をたてている。 …昨日のことに。 僕は足が、体全体がガクガクと震えた。 「半日、放っておいたらこのざまだ」 「うーん…やっぱり貞操帯のほうがよかったんじゃないか?!」 「違いない」 先生たちはまた能天気に笑いあった。 でも僕はいますぐ叫び出したいくらいこの二人が恐かった。 「しかし、どうしてくれるんだ。この後、授業なのに…収まらないぞ」 背にあたるアイオロス先生を感じて僕は思わず身をすくめた。 サガ先生はそんな僕をとがめて言った。 「ムウ…せっかくだ。おまえをあげなさい」 「サガ先生…!」 「悪いな…サガ。ちょっといいか」 アイオロス先生は僕を机の上に腰かけさせると 昨日とは別人みたいに僕のズボンを下ろして無理にこじ開けてきた。 「あっ…く…う…っ」 恐くてからだがいうこときかない。 「ほらムウ、ダメじゃないか。ちゃんと甘えなさい」 サガ先生の厳しい声が飛ぶけど、僕はどうしていいか分からなくなる。 アイオロス先生はあっさりとそこを諦めて、座りこんだ僕の口に挿れてきた。 サガ先生が見てるのに、恐いのと悲しいのと混乱とで集中できない。 でもアイオロス先生は僕の髪を掴んで勝手に腰を動かしては気持ちよさそうだ。 「ムウ…おまえは可愛いよ…ああっ…可愛いなあ…!」 そういいながら派手に顔にかけられた。 黒い礼服にも点々と白い染みが散る。 「また可愛がってやってくれ」 サガ先生の態度は変わらないどころか、ますます愛想がいいようにも見える。 「いつでも来るといい。良かったらアイオリアと一緒に」 「ああ。ありがとう。またな。サガ」 * * * アイオロス先生が帰って、暗い部屋にサガ先生とふたりきり。 この時をあんなに待ち焦がれていたのに今は恐くて仕方がない。 僕はただ、もう少しサガ先生が欲しかっただけなんだけど どうしてこんなことになってしまったのだろう。 「これだが…」 サガ先生は黙ってスライドを何枚か戻すと、昨日の写真を映した。 「…これはこれで悪くはないが…ここは」 サガ先生は赤いポインターでデスマスクの上でだらしなく喘ぐ僕の背をなぞる。 「頭の位置はいい。だがこういうときは後ろに手をつくのもありだろう。 重心をとられたら両手をついて頭蓋を預け、背をそらしたほうが綺麗だ。 そのときは思い切って股関節を開け。足先まで気を抜かなければそう無様ではない」 「…はい…」 先生の顔は真剣そのものだった。 そんなふうに先生は僕の動画にまで全部ダメ出しをしてくれた。 そして先生は視線を僕に移すと、言った。 「見せなさい」 僕は先生に促されるまま、祭壇にあおむけになって足を開く。 罰当たりだけど、その場所しか光がなかったから仕方ない。 「やはりわずかだが…傷がついてるな」 先生は美しい眉をひそめた。 「…ごめんなさい」 「シンメトリーが崩れたらどうする。気をつけなさい」 そう言って綿棒で薬を塗ってくれた。 必要のない場所まで塗り広げている先生はいつもにもどったみたいだった。 サガ先生…ああ…謝りたいことは…こんなことじゃなくて… 「あの…アイオロス先生は…」 先生は無言でカタン…と薬の瓶を置いた。 「そうだ。忘れるところだった」 先生は鞄の底から、黒い布にくるまれたガラスの物体を出してきた。 一瞬、水晶玉かと思ったけど、近くで見ると先が円錐状になっていて、 根本は底辺でごく細くくびれ、円い台座に繋がっている。 ちょうど立体にしたスペードといった感じだ。 「おしおきだ」 それが何か、聞くまでもなかった。 サガ先生はワイングラスを持つようにそのくびれに指を通すと 左右に揺らしてその重さのバランスを確かめてから、 その円い先端を僕の入り口にぴたりとつけた。 …そんなの入らない、と僕は必死にかぶりをふったけど サガ先生は冷たい笑顔のまま、ゆっくりとそれを埋め込んでいった。 続き |