Lotopagoi ---蓮喰らい---


「教皇様は東洋の蓮の実を食してらっしゃいます。いましばしお待ちください」
教皇宮付きの兵士によって、教皇の間は立ち入りが禁じられた。


玉座の奥の女神の寝台は黒い布に覆われている。
教皇の・・・サガの黒髪をそのまま敷いたかのような漆黒の上に硝子の皿が置かれ、
乳色の果実が盛られていた。それらは白く熟した蓮の実だった。


『・・ところが実に美味な蓮の実を食べたものは誰も彼も・・・仕事も故郷も忘れ、
其処を離れがたいと泣き叫ぶ・・・』


黒い髪のサガは歌うようにホメロスをそらんじながら、その実を口にした。
「確かに味は悪くはないが・・・」
サガはその皿の傍らに横たわる少年の白い体に舌を這わせた。
「お前のほうが、美味だ」
ムウは肌を這いまわるその嫌悪感に反射的に体を震わせたが、
拒絶の言葉を発することもできず、ただ人形のように横たわってた。
「美味だ、実に美味だ」
サガの舌が下肢にすべり、ムウの呼吸がせわしなくなってくる。
涙の乾かぬ頬にまたひとつふたつ新たな雫が零れた。



*  *  *

「おまえをここに連れてきたのはシャカだ」
ムウが意識を取り戻すと、その傍らに立っていたのはあの黒髪の男・・・サガであった。
「せいぜい感謝するがいい」
ムウは自分が死にきれず、また悪夢の中に舞い戻ったことを知った。
いや、「戻った」というのは間違いだ。
もはや何もかもが変わってしまって戻ることなどできないのだ。


シャカとの再会はムウの頑なだった殻を砕いてしまった。
それまでは行為は行為にすぎず、他人の肌は、ひとかけらの快楽と、
それに勝る多くの苦痛と嫌悪でしかありえなかった。
そうであるのに。
シャカの肌に抱かれ、その鼓動を感じてからは、すでに慣れたとばかり思っていた男の蹂躙が、
まるで最初の夜のように、いやそれ以上に耐え難く感じられた。
それでも慣らされた体は否応なく熱を帯び、快びに軋みながら昇りつめてゆく。
ムウを絶望の淵に落としたのは嫌悪でも苦痛でもなくその快楽だった。
サガを悪鬼と蔑みながらも快楽を得るうちに、その若木のような四肢は枝を伸ばし、
根を張り、気がつけば貪欲に絡みつきその蜜を啜っていた。

シャカの眩しいような清廉さは己の正視しがたい醜さを浮き彫りにした。
ましてや彼に欲望し、誘った自分を思うとムウは羞恥と嫌悪で消え入りたいような
気持ちにさえかられた。

以前であればその行為は、ムウの理由なき隠遁を守るための方便であった。
サガや聖闘士から聖域の情報を得るというよすがであったそれも
女神の無事が 確実となり、その意味を失った。
それにも関わらず自分は、シャカと清い抱擁を交わしたその夜に、
館を訪れたサガを受け入れてしまったのだ。
「何故去った、わたしを裏切ったのか」、と狂気にかられて自分を罵るサガの打擲が
いつに増して心地よく、なぜか無性にその肌が欲しかった。

その事実は、必死に耐え忍んできたムウの心を折り、その力を削いだ。
ムウの心を果てのない鉛色の倦怠が覆い、ムウは自らの生を放棄した。

もはや一歩も動けず、ただ死を待つだけの日々が続いた。
結界が消えたら鳥がその身をついばみ風がその塵を運ぶだろう、とだけ考えていた。
まだ未熟な弟子と修復が心残りだが、それも真の女神の聖闘士ならば必ず勝利を収める・・・。
それでも最後にシャカが現れたことは嬉しかった。
やはりどこかで彼を待っていたのかもしれない。


・・聖域のことを何も話せぬ自分を見つめ、シャカは「待っている」とだけ言った。
またあの蒼色の瞳を見る日が来るなら・・・
ムウは眼を閉じあの天使のような面影を瞼に浮かべた。




「っあ…」
鋭くしかし甘く響く痛みに、意識が引き戻された。
サガが己を喰らい始めたのだ。
血走った目が自分を見下ろしている。

「神に供されるのが、宿命なのだ・・・」
サガがその身を沈めるたびムウの細い喉から泣くような叫びが漏れる。
「おまえも、・・このわたしも」

そう言うとサガは、その独特の哄笑を聖所に響かせた。








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